2010/11/05

杉本ペロ「ダイナマ伊藤!」 - ≪中の人≫にも、またその中の人?

杉本ペロ「ダイナマ伊藤!」第6巻
杉本ペロ
「ダイナマ伊藤!」第6巻
 
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部屋をちょっと片付けようとしていたら、ずっと探していないこともなかった「ダイナマ伊藤!」の単行本のうち、第6巻が出てきた。
そういえば…いまいち熱心な読者じゃなくて申しわけないが、自分このシリーズ全7巻のうち、何冊までが手もとにあるのか、いまいち把握できてない。3冊は確実、たぶん4冊くらいはあったような気がするのだが。
そんなヤツではあるけれど、ひさしぶりにこの第6巻を一読、ちょっと感じたことを書いておくと。

1. 中年ヒーローの、こっけいと悲惨!

いやまずその前に、この作品「ダイナマ伊藤!」の、版元からの宣伝文をご紹介。

超非常識人間・ダイナマ伊藤が人の迷惑も省みず、思い込みで突っ走るハチャメチャな日常をシュールに描いたギャグ満載の短編集。

まあ、そんなようなお作品に間違いはないけれど。しかしこの文章では、何となくわれらの中年ヒーローが、悦んでその騒ぎらをを起こしているような感じ?
…それがそうでもない気がするというのは、例によってあまり強調したくはない≪ギャグまんが≫の裏面らしきところだ。とは、何を言っているのかって。

ダイナマさんがあまりにも正体不明なので、作中の人々も見ているわれわれもびっくりさせられる、というお話だが。しかしヒーロー本人には≪自分≫が何なのか、分かっているのかというと、まったくそんなことがない。むしろばくぜんとは、『自分が分からない』ということで苦しんでいるようにも見えるのだった。

たとえば、この第6巻の中盤の展開。ダイナマさんが年越しを目前に『来年こそは爆発して みせますよ』と大活躍を予告すると、テレビで新年へのカウントダウンが始まる。
…そのカウントダウンの進行につれ、彼のトレードマークの天パ頭が『ムクムクムク』とふくれ上がり、ゼロのタイミングでドカン!(p.63) 予告通り、ほんとうに爆発してしまう!

その次の回はお正月のお話になり、たくましくもダイナマさんは、前回の爆発でホータイだらけの体で、タコ揚げなどに興じている(p.65)。そこへ彼が飼っているような動物の≪ムガトラ君≫らが、お年玉をせびる。
…途中のドタバタは省略して、ムガトラ君は逃げ廻るダイナマさんを追いつめて、『3つ数える内に 払えムガ!』とおどしにかかる。そして『3、2、1、』とカウントすると、またもダイナマさんの頭がふくれ上がり、『ゼロ!!』でまたまた大爆発!

2. ≪不条理の人≫の、栄光と苦悩!

そうとすると、ちょっと何かが分かった感じだが。にしても2回めの爆発は、シャレにならん規模だったらしい。次の回の冒頭で彼は病院にかつぎこまれ、大手術を受ける(p.73)。もはやダメかと医師らも思ったらしいのに、しかしページをめくるともう超回復しているのは、さすがダイナマさん!
…そしてまた途中を省略してダイナマさんは、何か隠している感じの主治医につめよって、自分のことをたずねる(p.79)。

【伊藤】 私は…私は何者なんですか。
やっぱり普通の人間では ないのですか!?
【ドクター】 私が 調べてわかったことは… ダイナマ君は……
カウントダウンを聞くと 爆発する体質のようじゃ
【伊藤】 (ちょっと変わった体質なだけ、と聞いて安心し、)良かった。
【ムガトラ】 そんな人間 いないムガ!!
【ドクター】 現にここにいるじゃないか!! 3、2、1、0(ゼロ)!!

で、どういうオチになったかは言うまでもない。不条理の人であるダイナマさんは、その自らという不条理によって、彼本人が苦しんでいないわけではないのだった。
かつ。前にペロ先生の「俺様は?(なぞ)」を論じたところで(*)、その内容について『ジョジョっぽい感じもある』などと書いたが。そしてこちらの作品「ダイナマ伊藤!」もまた、ジョジョ第4部に出てくるキラー・クイーンだったかシアー・ハート・アタックだったかの効果で、人間爆弾にされてしまった人物を描いているがごとくなのだった。

3. ≪中の人≫にも、またその中の人?

しかもこの第6巻では、何げに活躍していた人物らの皮が1枚はがれて、中から違った人が出てくる、という描写が多し。それがひじょうにショッキングというか、≪外傷≫的というか。いま見た病院のエピソードの途中でも、どういう必要があってか、わりにふつうっぽいドクターの皮が1枚はがれると、中からちんちくりんのブラック・ジャック先生もどきが出てくる(p.78)。
で、すると。それをかげから見ていた目撃していたムガトラ君は驚き、そのショックでパックンとその体が割れて、中の小さめなムガトラ君が顔を出す(!)。

とは、どういうこと…と聞かれても、とうぜん筆者には分からない。ドクターは何らかの意図あって変装していたようだが、ムガトラ君の方には何の説明もつかない感じ。
またこれを何度も何度も魅せられては、『誰が誰なのか?』ということに、何の確信もなくなってくる。背中のチャックを開けて着ぐるみから出てきたからといって、その『中の人』の≪中の人≫が、またいないとも限らない。

かくてこの「ダイナマ伊藤!」に描かれた世界には、あまりにも確かなことが少なすぎる。そもそもその毎回のエピソードが、『問1、問2、問3』…とナンバリングされていることからも、解きえないなぞが次々と、読者に向かって投げ出されている気配。
そして申し上げるまでもなく、自分が分からず、他者のことも分からず、世界が何であるのかも分からず、解きえないなぞを次々と突きつけられている…とは、画面の外のわれわれのことだ。その考えたくもないわれわれの惨状を、この「ダイナマ伊藤!」という作品は、戯画としてかろうじて、正確に描き出しているのだ。

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