2010/11/13

ホラー系ギャグまんが家の元祖、チャールズ・アダムス。基本情報と関連リンク集

チャールズ・アダムス「ばけもの大会」
チャールズ・アダムス
「ばけもの大会」
 
関連記事:押切蓮介「おばけのおやつ」 - または、≪ホラーギャグ≫論・序説第1章

ギャグまんがとブラックユーモア、またはホラーギャグというものについて調べていると必然的に突きあたる存在が、チャールズ・アダムス。米カートゥーン史上で確実にベスト3に入る大作家、映像シリーズ「アダムス・ファミリー(アダムスのお化け一家)」の原作者としても有名。

…なのではあるけれど、しかしその存在感やポピュラリティが、この日本国では異様にない。ティム・バートンの映画「アダムス・ファミリー」がちょっとうけたからといって、原作者アダムスに対する関心はいっこうに高まっていない。
論より証拠、アダムスの著作物で日本でも刊行されたものは、そのサイドワーク的な絵本である「チャールズ・アダムスのマザーグース」(国書刊行会, 2004)、ただ1冊だけ。かつネット上にも、ニホン語の情報がひじょうにない。日本語版のWikipediaに、チャールズ・アダムスの項目が“ない”のを象徴的な徴候として。

その現状を残念に思うので、しょうがなく無知な筆者が最低限のリソースを、ここに集積いたしておく。別に網羅的・完ぺきなものを作ろうとしてはおらず、なるべくパッと見で概要がつかめるように…と意図しつつ。ではどうぞ。



1. チャールズ・アダムス 人物と略歴

チャールズ・アダムス(Charles Samuel Addams)は、アメリカのカートゥーン(1コマまんが)を代表する作家のひとり。作品に『Chas Addams チャズ・アダムス』とサインするので、しばしばそちらの名前でも呼ばれる。
1912年ニュージャージー生まれ、高校時代から創作を学内誌に発表。ペンシルバニア大学やニューヨークの美術学校で学び、1932年からイラストレーターとして活動。1938年から一流誌『ニューヨーカー』の常連まんが家となり、1988年の没までその座にあり続け、その間、常に全世界から、最大の評価と敬意を受け続けた。

2. チャールズ・アダムス その作風

チャールズ・アダムス「四つ裂きの刑」
チャールズ・アダムス
「四つ裂きの刑」
アダムスの作風をひとことで言えば、やはり『ブラックユーモア』であり、そして『ゴシック』。死・暴力・犯罪・オカルト・SF要素などをモチーフにしての笑いがメイン。あるべくもない悪意の噴出や、あるべくもない“もの”らの出現が描かれる。

――― チャールズ・アダムスによる作例 5題 ―――
【その1】 ゲレンデのスキーのわだちが2本、途中に大木をはさんで(!)、続いている(…この不条理はアダムスのギャグの超基本で、同じ題材が何度も何度も描かれたらしい)。

【その2】 あぶない坊やが、盗んだ看板や立て札の収集にはげむ。看板らに書かれた文字は、『立入禁止』、『この先危険』、『高圧注意』、『遊泳禁止』、など。

【その3】 路上のマンホールから大ダコが出現し、通勤途中のサラリーマンにからみついて大騒ぎ! ところが平然とその横を通過していく別のリーマン、いわく『ニューヨークじゃ日常茶飯事さ』。

【その4】 画一的な建て売り住宅街の朝、それぞれの家から出勤していくパパを、ママと坊やが見送っている。ところがよく見るとそのパパたちは、1つの頭に顔が2つ・服を着たアリクイ・身長が約50cm・異常にデブ・手足が4本ずつ、等々とおかしい人ばかり!

【その5】 いわゆる『人喰い人種』の村で、料理中の妻に夫が言う。『…まさか、あの人類学者が昼めしの材料、ということはないよな?』。

このように。モンスターをはじめ、宇宙人や『人喰い人種』などの≪異類≫の活躍が大いに見られるのは、前の世代のカートゥニストらになかった特徴かと思われる。『アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ』を礼賛するようなトゥーンが大いに栄えていた中で、彼は『それが“すべて”ではない』と訴える。かつ彼はまた、『アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ』自体に内在する不気味さ、その破綻の必然さを描いていたように考えられる。

『アダムスと(ポスト・)コロニアリズム』ということは明らかに存在している問題で、おそらくはアメリカの学者らがいくつもの論文を書いていそう。たとえば次のような作例が、そのかっこうの題材になろう。

優雅なパーティ会場のバルコニー。着飾った女性が、身につけたエキゾチックな首飾りを示し、『これがいわくつき、呪いの伝説のついたものなんですの!』と言う。その背後の茂みの暗がりから、いわゆる『土人』が吹き矢で彼女に狙いをつけている。

マーガレット・ミードやレヴィ-ストロースらの著作がベストセラーになるような時代を、彼はまんが家として『ちゃんと』生きたのだった。ただしアダムスの『未開人もの』シリーズは、いまだとあまり笑えるものかどうか…という気もしつつ。
(追記。その後の調査により、アダムスの世代のギャグ・カートゥーンには、『未開人』テーマの作例は、ひじょうにざらにあると知った。その中でアダムスのアプローチがとりわけユニークだったかどうかは、いまは明らかにしない)

3. チャールズ・アダムスと、その先行作家ピーター・アーノ

ここで比較の材料を提示、アダムスより1世代前の偉大なまんが家に、ピーター・アーノ(Peter Arno, 1904-68)がいる。彼は『ギャグ・カートゥーン』の元祖として知られ、1925年から没までニューヨーカーに寄稿していた、アダムスの大先輩だ。このアーノと比較してみると、アダムスの個性がいっそう分かりやすいかもしれない。
アーノの作風は、くびれのきわだったグラマーなアメリカ女性への礼賛、艶笑の要素が大いに目立つものだ。その特徴を、楽天的・肯定的・享楽的、などとも形容できるだろう。

――― ピーター・アーノによる作例 4題 ―――
【その1(1936)】 野球場の外野席。ホームラン性の当たりを捕ろうとしている外野手の腕が、最前列の観客の女性の首にまきついて、ハグする形に。それで女性はあわを食うが、その隣の夫は言う。『じっとして! ワールドシリーズの勝敗がかかっているんだぞ!』。

【その2(1943)】 プールサイドでスタンバイしている女子水泳選手たち。それを撮影しているカメラマンたちのカメラが、いちようかつ露骨に、端っこの美人選手だけを狙っている。そこで美人選手はにんまり、他の選手らはおかんむり。

「ピーター・アーノのポケットブック」
「ピーター・アーノの
ポケットブック」1955
【その3(年代不明)】 公園のベンチで、ひじょうに国際色ある子どもを6人も面倒みている女性。その装いは、喪装かも。そこへ通りがかった高級軍人が、連れに向かって説明する。『彼女Q-37号は、かってわが国でもっとも優秀な工作員だったのです』。

【その4(1960)】 全米ミスコンテストのステージ上、ラインナップした各州代表の女性らが、まったく画一的なグラマー体型。それを眺めて関係者らしき紳士たちが、『アメリカに生まれた誇りを感じるね!』と悦ぶ。

いちおう『意味』の分かるものを集めてみたが、そんなには面白くもない感じ(!?)。しかしこれらは、日本で言ったら「ノンキナトウサン」から「フジ三太郎」あたりに相当するような創作なので、まあそこはがまんで。

さて、いまアーノの作例としてミスコンテストという話題が出たが、われらがアダムスにもそれを扱った作品がある。そちらではコンテスト会場にUFOが飛来するので(!)、ステージ上の役員がそれに向かって叫ぶ。

『どっかへ行っちまえ、エントリーはとっくに締め切られているぞ!』

またアーノの作例3は『国際色のある子どもたち』という題材だったが、やや似たようなことをアダムスが描くと、こうだ。『分娩室』と札の出ているドアをバタンと開けて、ナースと医者たちが『ギャー!』とでも叫び驚き恐れながら、そこからいっさんに逃げ出してくる(!)。こういうものが、『アダムスの作風』だ。

4. チャールズ・アダムスの主要な著作物

アダムスには主著として9冊の作品集があり、その他に総集編・ドローイング・挿し絵などが刊行されているようだが、ここではひじょうにかんたんな紹介にとどめる。また、定まった訳題は存在しないようなので、いま筆者がつけている。

    ≪作品集≫
「四つ裂きの刑」, Drawn and Quartered (1942)
「アダムスと悪しきもの」, Addams and Evil (1947)
「ばけもの大会」, Monster Rally (1950)
「わが家の人々」, Homebodies (1954)
「夜にうごめくものたち」, Nightcrawlers (1957)
「黒いマリア」, Black Maria (1960)
「ご馳走いっぱいのテーブル」, The Groaning Board (1964)
「わたしの人々」, My Crowd (1970)
「お気に入りの場所」, Favorite Haunts (1976)

    ≪総集編≫
「いとしき死者の日々」, Dear Dead Days (1959)
「そして彼らはいつまでも幸せに」, Happily Ever After (2006)

    ≪イラストレーション≫
「チャールズ・アダムスのマザー・グース」, The Chas Addams Mother Goose (1967)

5. チャールズ・アダムスと「アダムス・ファミリー」

アダムスに、「アダムス・ファミリー(アダムスのお化け一家)」という作品は、存在しない。それは彼の作品系列を原作とした、米ABCのテレビシリーズ(1964)に付けられたタイトルだ。それをまたベースにして、アニメーションや劇場映画へと、シリーズが続いている。

なお、のちに『アダムス・ファミリー』と呼ばれるキャラクターたちは、早くも1938年のニューヨーカー誌に登場し、それからアダムス作品のレギュラーとなっている。けれども個々人の名前があるでもなく、設定の類も何もなかった。それらはすべて、映像化のさいに後付けされたものだ。

6. チャールズ・アダムス関連のリンク集

チャールズ・アダムス「いとしき死者の日々」
チャールズ・アダムス
「いとしき死者の日々」
以下にご紹介するリンク先について、そのコンテンツらに何らかの問題がないとも限らないが、『あくまでも研究のための情報収集』ということをふまえつつご利用されたし。

    ≪オフィシャル≫
◆Tee & Charles Addams Foundation(*
総本家だが、期待するほどの情報はない。いくつか作例も見られるが、解像度がひじょうに低い。

    ≪準オフィシャル的サイト≫
◆The New Yorker: Charles Addams(*
アダムスのホームだったニューヨーカー誌の公式サイト。上のリンク先以外にも、サイト内を検索するといろいろ出てきそうな感じ。
◆Wikipedia: Charles Addams(*
英語版Wikipedia、基本情報が存在する。アダムスの(少年時代の?)ニックネームは『Chill さむけ』だった、など。あと気づいたこととして、『エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)をも見よ』とあり、どこかの世界でアダムスはゴーリーのお仲間らしい。…が、筆者はそれを否定する。まだしも、『アーノ-アダムス』関係の方が重要。
◆はてなキーワード: チャールズ・アダムス(*
わずかな基本情報が存在する。一般知識としては、このくらいで充分かも?
◆国書刊行会: チャールズ・アダムス 恐怖と笑いの双面神(*
「アダムスのマザーグース」の版元のサイトに掲載、訳者・山口雅也氏によるエッセイ。

    ≪その他、特にアダムスの作例が見られるウェブ≫
◆チャールズ・アダムス(*
日本語で作例の見られるサイトはここだけ。
◆Golden Age Comic Book Stories: Charles Addams(*
ここはけっこう、あせるほどにすごい。
◆Hairy Green Eyeball: Charles Addams(*
アダムスだけでなく、アーノの作例も豊富。その姉妹ブログも参照(*
◆Caustic Cover Critic: The Book Covers of Charles Addams(*
表紙だけ。たぶん本人のコレクションを展示しているサイトで、本の読み込まれた感じがよい。
◆A Dazy Log Was Brossing A Cridge: Charles Addams(*
◆Cartoonist.Name: Charles Addams(*
◆Looking at Cartoons, Getting Along: Charles Addams(*
上の3つのサイト、それぞれアダムスの作例を10数点ほど掲載。このクラスのリソースは、枚挙にいとまがない。

7. さいごに。自分(アイスマン)と、チャールズ・アダムス

チャールズ・アダムス「わたしの人々」
チャールズ・アダムス
「わたしの人々」
何度も申し上げるけれど、アダムスの知名度が日本ではひじょうに低い。けれどウェブ上のいろいろな作例を見ていると、超むかし読んだ本だが、星新一「進化した猿たち」(1968)に載っていたものが、けっこうあるな…と気がついた。
それで思わず、懐かしんだ。ホラー的でSF的でウイットがあって超コンパクトなアダムスの作風と、星新一のテイストの重なりは、申すまでもなく明らかだろう。
ただし「進化した猿たち」は、いちいちカートゥーン作者の名などは書いていない本なので、『アダムス入門』的には使えない。あらかじめいろいろ見ていれば、画風や画面のサインで分かるだろうけれど。

もうひとつ、これはどうでもいいようなことだが、名前の表記について。むかしは『アダム“ズ”』という書き方が、一般的だったように思える。そういうことにコンシャスだった都筑道夫氏もそう書いているらしいので(*)、それで行きたいような気もしたが。
けれども近ごろめっきりと体制順応的なオポチュニストになっている自分は、ここでの表記を一般的な『チャールズ・アダム“ス”』としている。それがいちおうは考えた結果であると、ひきょう者の言い逃れを残して終わる。

1 件のコメント:

  1. チャールズ・アダムスで検索してたどり着きました。
    私も昔少年マガジンで紹介されて以来、アダムスが好きでした。
    ここは丁寧に説明されていて素晴らしい。日本でも、もっとメジャーになるといいですね。
    最近はアンディーライリーの本も受けているし、その流れで出版して欲しいです。

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