2010/11/25

安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」 - レビル将軍脱出劇について

安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」第14巻
安彦良和「機動戦士ガンダム
THE ORIGIN」第14巻
 
関連記事:安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」 - 反復しえないことの反復を

これはいつものレビューとは、やや性格の異なる記事。関連記事の安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を見ていて『あれ?』と感じたことがあり、精読して何かつかめた気がしたので、それをメモっておきたい。同じことを書いている記事が、ネット上にないようでもあるので。

「THE ORIGIN」第13~14巻の、『ルウム編』。ここはアニメではばくぜんとしか語られていないお話が、安彦先生独自の解釈で描かれたチャプターかと受けとめているが。
そのルウム戦役で、連邦軍のレビル将軍はジオン軍に大敗し、自身が捕虜になってしまう。ところが連邦軍特殊部隊の手によって、わりとあっさり脱出に成功。そして、講和に向けた南極会議のさなかに『ジオンに兵なし!』と主戦論をぶち上げ、戦争を継続へと向かわせる。…とまでは、アニメにおいても伝えられているお話だ。

ところでふつうに考えて、連邦軍によるレビル救出は、無能な彼らにしては手ぎわがよすぎ。それはまあそういうお話だから、と受けとっておくとしても。
しかし筆者が『あれ?』と感じたのは「THE ORIGIN」において、レビル救出作戦の指揮を取ったのは、あのひきょうな内通者のエルランとして描かれていることだ(以下すべて第14巻より, p,176)。これはちょっと、『あれ?』的な描写ではないだろうか?
なお、筆者は以前に今作を見た時には、この部分に陰謀のふんいきなどは感じていなかった。関連記事を書いて、やっと『エルランとジュダックは内通者』ということが頭に入ったので、この部分を『あれ?』と感じるにいたったのだった。…にぶい!

1. 黒幕・キシリア説

そこでちょっと、精読に及んでみると。まず話の前提としてジオン側のボスのデギン・ザビは、南極会議で休戦のなることを希望している。しかし彼の子であるギレンとキシリアは、戦争継続に対して意欲がありすぎ。
その一方の、連邦側の政治状況はよく分からないが。けれどもそれをキシリアは、『彼等はいま痛切に 休戦を望んで』いるはず、と読んでいる。

そして南極会議の直前、キシリアはマ・クベを全権大使に任命し、しかも『あなたは 停戦の使者 ではない』、と告げる(p.110)。むしろ彼を、『地球侵攻 軍の長として』、地球に向かわせるのだと。
それに対してマ・クベは、連邦がぜんぜん戦意を喪失していて、強く休戦を訴えてきたらどうするのか、と問い返す。するとキシリアは、

【キシリア】 御安心なさい 手は打ってあります

と、自信たっぷりに答えるのだった(p.112)。

すると『レビル救出』と呼ばれるイベントは、連邦側の失地回復の第1弾というよりも、戦争継続を願うキシリアの仕掛けた大芝居である、という風に読めてくるのだった。キシリアの指令と手引きによって、エルランがそれを実行したのかと。

いやあ、ガンダムとのつきあいも短くないけれど、しかし『レビル救出は、むしろジオンのしかけた陰謀であるやも』などとは、さすがに思いつかなかった。シリーズ本編のお話の前提として、そういうことがあった、とだけ受けとっていた。
けれども連邦のやることが基本へまばかり、後手ばかり、ということを考えたら、この「THE ORIGIN」の描き方にはかなりな説得力がある、と感じられてくる!

2. 黒幕・デギン説

で、そうなのかと思うと、また別の見方もあるようなのだった。と申すのは、Wikipediaにこういう記述があり(*)。

(エルランは、)『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、ルウム戦役に敗れジオン軍に捕らわれの身となっていたレビルを、特殊部隊を使いデギン公王の手引きで救出した手柄を(…後略)

いったい何の話なのか、一瞬は分からなかった。ちょっと頭を使ったところ、これはつまり、エルランが指揮したレビル救出劇、その背後で糸を引いていたのはデギンである、という解釈なのかと。

これは意外な見方だと、さいしょ思ったが。しかし拘禁中のレビルとデギンとの会見の場面を見ると、それをほのめかす描写になっているかと感じられなくはない(p.115)。
すなわち、その場面でのレビルは、完全にしっぽを巻いた負け犬状態。デギンの説く休戦論をうけたまわって、見苦しいまでにへりくだりながら『しかりしかり、公王陛下の言われるとおり』、などとおうむ返ししてみせる。そしてデギンから、休戦のための力になってくれと言われると、『私になにができましょう このような虜囚の身で』、と答える。
するとデギンは、『判っている よく判っているとも 将軍』と、含みのありそうなことを言う。そこらから、デギンがこっそり手引きしてレビルを逃がした、という見方が出ているのかと。

…ところがだ。それから地球に戻ったレビルは、うって変わって超主戦論を唱え、連邦全体にハッパをかける。これをテレビで見てデギンは怒り狂い、何かその場のものをぶち壊す。そして、そこに現れたガルマが地球戦線へ出撃するというので、『恩知らず どもを黙ら せてやれ!!』と、檄を飛ばす(p.188)。
そのお芝居の前提として、デギンは休戦派でありつつ、かわいい末っ子のガルマを前線に送りたくはないようなことを、さんざんに言っていたのだ。それがこう変わってしまったので、その場でギレンは『おや?』みたいな表情をする。ところがその横で、キシリアはひそかにほくそ笑んでいる。

そして『恩知らず』とはどういう意味かと考えたら、レビル救出劇に関し、デギンがからんでいたことはありそうかも知れない。けれども彼はいっぱい喰わされているのであり、ことが思うつぼにはまったのはキシリアだ。
しかも知られる限り、レビル救出作戦を指揮したエルランと、デギンとの間につながる線はない。ガンダム界の常識のようなこととして、エルランはマ・クベの手先、マ・クベはキシリアの手下。すると救出劇がデギンの意思のもとの現象だとしても、キシリアは確実にからんでいると考えられる。

それこれによって『デギン黒幕説』は、『キシリア黒幕説』の一部分へと回収されよう。

3. なおも分からないことが

ただし、1つ2つ分かったことがあるからと言って、すべてが分かったことにはぜんぜんならないのだった。ここで筆者がふしぎに思うのは、なぜキシリアが『レビルは強硬な主戦論者である』ということを強固に信じられたのか、それを既定の大前提として行動できたのか、ということだ。
何しろ読者の目の前では、レビルはデギンにへいへいと、屈服してみせているのだから。ここでいちばんいいのは『レビルもまた内通者であり、キシリアの手先』という解釈になるのでは(!)。
だが、それはいちおうないとすれば。そうではなくとも、『デギンの休戦論に同調してみせれば、結果として脱出できる』とでもキシリアに吹きこまれて、その通りにしたとか…?

かつまた。脱出中のレビルの乗ったサラミス巡洋艦をシャアが拿捕するが、しかしレビルが乗っているのを知って、あえて見逃すという場面がある(同, p.169)。なぜそうしたかというと、『最高の政治 ショーを だいなしに』したくはないので、みたいなことを言う。
これではまるで、レビルによる主戦論の大演説があることを、読んでいたというよりもあらかじめ知っていたかのようだ。そしてシャアの望みもまた戦争継続なので、それをじゃましなかったということ?
いくらあのお方でも、ずいぶん読みが深いなあ…と感心しないではいられない。常人の3倍の洞察力があるのだろうか? なお、この時点でのシャアはドズルの指揮下にあり、キシリアとの接点はない『はず』であり、レビル救出劇と呼ばれた陰謀にからんではいないはず。

かつまた筆者が『分からんなあ』と思うのは、なぜキシリアが、パパであるデギンの意思にそむいてまで戦争を継続したかったのかと。このものすごい陰謀家の意図がひじょうに見えなくて、はっきりしているのは、彼女がわりと誰にでも言っている『私は ギレン総帥を 好かぬ』、というその1点だけだ。
だから、デギンが死んだ後にキシリアが、何とかしてギレンの背中を刺してやろうとして画策する、そこは分かる。分かりきらぬ部分もなくはないが、けっきょくはそこにつながっていることかと解釈できるが。
がしかし、このように平気でパパを出しぬいているキシリアが、さいごギレンをやっつけてパパの敵討ちみたいなことを言っても、あまり真に受けることができなくなってくるのだった。まあそれは、さいしょからあまり信ぴょう性のない言い分であるにしろ。

『“女の欲望”、そのなぞ的性格』。

ただし、今後の「THE ORIGIN」の展開で、これらの疑問が氷解したりするのやも知れず。ものすごい陰謀家ではあるが、しかし政治家にはなりきれていなそうなキシリアの≪欲望≫が、はっきりと浮き彫りになってくるやも知れず。それを大いに期待しつつ、この堕文を終わる。

1 件のコメント:

  1. 今更になってしまいますが...私もここは非常に気になっていました。ここでまとめられていたのを読み、かなりすっきりしました。ありがとうございます。それにしてもキシリア、恐ろしい娘(?)。

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