2010/08/11

月山+伊賀「エリアの騎士」 - てっとり早く≪症状≫を抑制しても

月山可也+伊賀大晃「エリアの騎士」第1巻 
参考リンク:Wikipedia「エリアの騎士」

2006年から少年マガジン連載中のサッカーまんが「エリアの騎士」は、亡き天才選手の兄の遺志をついで、弟が奮闘しちゃうようなお話。単行本は、KC少年マガジンとして第21巻まで既刊。
これを筆者は第10巻くらいまでしか見てないし、かつ正直なところ、サッカーまんがとして面白いのかどうか…ということがよく分からない。ただちょっと気になったところを、ここに手短に書きとめておきたい。

今作「エリアの騎士」には、本格サッカーまんがとしては、ひじょうに珍しい点があると考えている。それは作品の底流に、心理(医療)サスペンスの要素があるところだ。それはどういうことかって、これはネタバレじゃないと信じて申せば。
お話の最初に、U15代表選手の天才ミッドフィルダー≪傑(すぐる)≫と、そのさえない弟の≪駆(かける)≫、という兄弟が登場する。兄の信ずるところによれば、駆クンもまた素質じゅうぶんなのだが、しかし惜しくもハートの部分に何かが足りない。
で、この兄弟が、不運にも交通事故に遭い、兄はあっさり死んでしまう(!)。そして弟は、兄からの心臓移植を受けて生き残る。
生き残った駆は、やがてサッカーを再開するのだが、しかし『何か』が変わった気がする。つまり兄の心臓を媒体に、傑のハートの強さを受け継いだような気がする、というわけだが。

そうして筆者が気になっているのは、その要素。『兄から弟へ、強いハート(心臓)がパスされた』ということが、このお話の中で、どれだけの重みをもつのか、ということだ。それを筆者の独断とは思わず、作品自体がそれとなくもあおっているところだ、と考えながら。
さてこのお話の中に、≪峰綾花≫という『臨床心理士, カウンセラー』である若い女性が、ちらほらと登場している。さいしょは兄が負傷した時のメンタルケア要員として現れ、次には兄をなくした弟をケアするために出てくる。
で、この人物がほとんど面白半分に、心臓移植にともなって、兄の人格(か何か)が弟に移転してるような話を無責任にあおるのだ。その要素へと、自分はつられ気味なのだった。

 ――― 月山+伊賀「エリアの騎士」, 『#7 心臓』(第2巻, p.77)より ―――
意識不明の弟を、兄弟の幼なじみのヒロイン≪美島ナナ≫が病室に見舞う。すると、正体不明の美女である綾花が駆につきそっている。彼女は自分の身分も名前も告げないままに、こんなことをナナに言う。
 『彼‥あなたの 声を聞いて 反応したのよ 心臓が大きく どくんって‥‥
 ねえ 美島さん どっちだと思う? あなたの声に 反応したのは』
とだけ言い捨てて、綾花はかってにその病室を去るのだった。『なんなの あのヒト』…と、ナナはあっけにとられる。

このしわざをはじめに、筆者には綾花が、まじめに『治療』的なことをしているという感じが、ほとんどしないのだった。自分は『臨床心理士』って何なのかほとんど知らないのだが、おおむねこういうことをしてるのだろうか?(…まさかねえ)
だいたい綾花のしていることは、≪精神分析≫に興味をもつわれわれ的に、まるっきりふに落ちない。『治療』の手段という名目で彼女は、やたらクライアントの手を握り、かつ『ハグ』ということをする(第2巻, p.87)。ところがわれらの精神分析は、『ハグをしない』ということを出発点として生まれたものだ。

そして綾花がしているような、身体接触による『治療』とは何なのかを正しく申せば、それは催眠術療法の末流に他ならない。いやむしろ、精神分析以外の『心理(的)療法』は、そのすべてが催眠術の末流かと考えられる。そして催眠術療法は『治癒』をなしえないとするのが、われわれの立場。

もう少し補足すると、われらのフロイト様もまた(ご存じのように)、初期の臨床では催眠術療法を行っていた。そしてクライアントが暗示にかかりにくい時には、声かけにプラスして身体接触を行うとグッド(!)…などということを、とくいげに報告していた時期もあった。
ところがそれの弊害があれこれ大きいし、しかも催眠術は症状を一時的かつ強圧的に抑えるだけと知って、違う方法を模索した結果、フロイトは分析療法を編み出した。むしろ彼はその方法を、クライアントらによって教えられた。ところが現代の『臨床心理士』やら『カウンセラー』やらいうスマートそうな肩書きの方々は、てっとり早く症状を抑制しようか何かで、平気で逆行ルートを進んでおられるのだろうか?

ま、まんがに描かれた根も葉もないお話から、あんまり広げても何だけど…。そこでこの「エリアの騎士」を、まんが作品として眺め直すと、やはり綾花の立ち位置が不明瞭なことが、筆者の心証をかなり悪くしているのだった。まるで彼女は、『心臓移植によって人格ののり移りが起こる』ということを確認だか証明だかしたいがために、その後の駆たちにつきまとっているようなのだが。
が、そんな態度が『治療者』としたら不まじめすぎで不ゆかいなのは言うまでもない上に。そして今作が『サッカーまんが』であるとすれば、その心理サスペンス的な興味がしつこく継続的にあおられていることは、あまりに過剰ではなかろうか? …そうでもないのかな…?
堕文のさいごに好きかってな想像をあえてすれば、『兄貴のハートをもらったから、“全国”優勝しちゃったぜ!』とまでお話が進んだところで、『実はその心臓は、違う人のなのよ』という大ドンデン返しがあったら面白い、かも。なぁ~んて!



いかなる作品でもひとつくらいはほめておく、という自分の主義から申し上げると、今作では、チームメイトで下品とセクハラを一手に担当している≪公太くん≫の活躍が面白い。つか、彼が登場していなかったとしたら、今作はまんが的にどうしようもなくなる。作中で彼の演じている『コミック・リリーフ』があまりにも有効すぎる、それで(いちおう)よいわけだが。

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