2010/08/31

倉島圭「メグミックス」 - “女の欲望”とは何か?

倉島圭「メグミックス」SCC版 第1巻 
参考リンク:はてなキーワード「倉島圭とは」

話題の作品「メグミックス」は、のちに「24のひとみ」でプチブレイクした倉島圭先生が、そのキャリアの初期(2000-04)にヤングチャンピオンに描いていた、4コマ基調のショート作品シリーズ。いまは少年チャンピオン・コミックス(SCC)全2巻(2007)として手に入るものだが、それは「24のひとみ」が多少ヒットしたおかげな感じ。筆者にしたってその再刊がなければ、今作を知らずに生きていたやも知れぬ。
(かつ今作「メグミックス」の一部分は、「24のひとみ」SCCの1~2巻にもちょこっと収録されている)

1ついきなり、ここで大きな見方を示しておくと。今作こと倉島圭「メグミックス」と氏家ト全「妹は思春期」(2001)の2作は、ほぼ同時期に始まったシリーズであり、そしてあわせて、4コマギャグというジャンルにおいて、吉田戦車「伝染るんです。」(1989)以来のイノベーションを達成した傑作らに他ならない。
いずこに新味があったかを1つ言えば、それは今作と「妹は思春期」が、『“女の欲望”とは何か、そのなぞ的性格』を最大のモチーフにしているところだ。…という並び立つ両傑作(=ケッ作)だが、商業面においては「妹」の成功にひきかえ、今作はほとんど惨敗ぎみ。
何せ今作は、その単行本が、2002年にヤングチャンピオンコミックス(YCC)版として第1巻のみ出て、以後はぱたりと放置されていたくらいなしろもので。そして、どうしてそうなったのか…というと、いくつか思いあたるところもあるが。

などと、前置きはこのくらいにして。この「メグミックス」がどういう作品かは、YCC版・第1巻の裏表紙に4コマ形式で説明されているので、まずすなおにそこを見ると。

 【少年】 これってどういう マンガなの?
 【めぐみ】 まあ 簡単に言えば 二人の会話形式の 四コマ マンガだよ
 内容は全部 ウンコについての ことだけどね
 【少年】 どんなマンガだよ!!
 【めぐみ】 それから 何冊かに一冊は 当たりが あるんだって
 【少年】 えっ 何それ 当たったら 何かあるの?
 【めぐみ】 (急に真顔で、)三日以内に死ぬ…
 【少年】 最悪じゃねえか!!

…なわけで。死のリスクを負ってまで全編ウンコについてのまんがを読もうという人が、たぶんこの世にほとんどいない、という既知のことから、「メグミックス」の商業的惨敗は、きれいに説明されてしまう(!?)。
いくらギャグでも、これは明らかにやりすぎだった感じ。いちばんさいしょにこれを見ていたら、筆者にしたって『かってにふざけてろ』とつぶやいて、それっきりこんな作品のことは忘れていたところだ!

代わって筆者からもう少し説明しておくと、今作は基本的に、われらのヒロイン≪めぐみ≫と1人の男のダイアログ、という形式になっている。そしてめぐみは『神出鬼没の美少女』とSCC版のあおりにあるように、エピソードごとに中学生からお母さんまで年齢が自在に変わり、かつその身分・職業・立場などもころころと変わる。
そして設定がどのようであろうとも、さきの作例にも見たように、われらが美しきヒロインのおしゃべり(パロール)は、手段を選ばず全力で、ダイアログのレベルを引き下げる。

 ――― 『めぐみのUFO』の巻より(YCC版, 第1巻, p.51) ―――
 【少年】 めぐみさんは UFOとか信じる?
 【めぐみ】 うん 大好きだよ
 ウンコ(U) 糞尿(F) 汚物(O)の UFOね
 【少年】 汚えよ!!
 【めぐみ】 信じるどころか マン汁吹いちゃう♥
 【少年】 どういう性癖 してるんだ!!

 ――― 『めぐみのお見合い』の巻より(YCC版, 第1巻, p.63) ―――
 【青年】 めぐみさんは 将来 どういう家庭を 築きたいですか?
 【めぐみ】 私の理想は… そうですね
 今の家庭では 子供が親に 暴力を振るったり
 親が子供を 虐待するなんてことが あるじゃないですか
 それが理想ですね
 【青年】 何考えてんだよ!!
 【めぐみ】 家庭崩壊が駄目なんて あなたの頭は かてえ方かい?
 【青年】 うるせえ!!

 ――― 『めぐみの結婚前夜』の巻より(YCC版, 第1巻, p.96) ―――
 (小津安二郎「晩春」的なシチュエーションで、)
 【めぐみ】 お父さん 私がいなくなったら どうするの?
 【中年男】 心配するな 父さんだって 独りでやっていく
 【めぐみ】 オナニーを?
 【中年男】 そうじゃねえ!!
 【めぐみ】 専業主夫ならぬ せんずり主夫に なるんだね
 【中年男】 ならねえよ!!
 【めぐみ】 孫が生まれたら お自慰ちゃん
 【中年男】 うるせえよ!!

と、毎回、だいたいこのようなダイアログが約3ページ、ズダダダダ~!といういきおいで展開され。そしてさいご、男が『もうやっとれんわ!!』か何かと放り出してオチになる。しかもめぐみの美貌は変わらないけれど、相手の男(たち)はめぐみの吐く毒を喰らうと、その絵姿が、落描きになったり化け物になったりするのがゆかい。
その展開のスピード感は、ディーディー・ラモーンの『ワンツースリーフォー!』というカウントからズダダダダ~!といういきおいで約3分間の白痴的かつ攻撃的で自虐的なポップソングらが大放出されまくる、かのラモーンズのパフォーマンスにさも似たりッ! ヘイ・呆、劣ゴー!

それとまた別に、何かこれと似たようなものがむかしあったよなあ…と考えたら、ひじょうにおぼろな記憶の中のツービートの漫才(全盛期は1980年あたり)が、わりと近いかも。

 【きよし】 それにしても交通事故が多いですから、気をつけたいですね!
 【たけし】 そこで私は考えましたよ、新しい交通標語!
 【きよし】 おっ、それはどういう?
 【たけし】 『赤信号 みんなで渡れば怖くない』!
 【きよし】 こらっ! 危ないじゃねえかよ!
 【たけし】 危ないといえば、交通事故も怖いですが、火事も怖いですよね!
 【きよし】 ん、まあそうだね!
 【たけし】 そこで防災標語を考えました、『寝る前に ちゃんとしめよう 親の首』!
 【きよし】 死んじゃうよ! いいかげんにしろ!

倉島圭「メグミックス」YCC版 第1巻ところで今作「メグミックス」について、めぐみのおしゃべりのさしているものが、あらゆる方面での『堕ちること』と、そして(間接的に、)そのきわまりとしての死、ということは、見ているものには明らかなのでは。まずそのYCC版のカバーが、どくろが散乱する荒野でたたずむヒロイン、という絵であることが示唆しているように。
(ところが、追って出たSCC版のカバーが明るくこぎれいになっていることは、ともかくもマーチャンダイズ面での進歩向上とは言えよう)

そもそも今作は毎回、タイトルの入っているさいしょのスペースが、めぐみとスカルの2ショットと決まっている。それについての目につく例外は、めぐみが独りで首をつっているイメージ(!)。…と思ったがよく見たら、その回の題字の一部が、こっそりとスカルになっている(YCC版, 第1巻, p.20)。
本編においては『行動』らしきことをほとんどしないヒロインが、そのスペースのイラストにおいては、わりとアクティブにスカル(ら)と戯れているのだ。お互いにお互いを装飾としたり、お互いに追ったり追われたり、お互いに喰ったり喰われたり、出たり入ったり、殴ったり蹴ったり(…さいごのは一方的に、めぐみがスカルを)。

スカル、がい骨、どくろなどと呼ばれるそれは、“われらの作家”こと倉島圭先生、彼自身を表すアバターでもあるようだが。われらのヒロインが、本編でからんでくる名もなき男ども3種類(少年・青年・中年)をぜんぜん相手にしない、または表面的にしか相手にしないのと対照的に、彼女は≪それ=死≫と戯れているときにだけ、多少なりともほんとうの彼女であるように、筆者には思えるのだった。

なおここで、今作「メグミックス」と並び立つ傑作としてご紹介した氏家ト全「妹は思春期」について、少しだけふれると。ご存じのようにそれは、とんでもなく耳年増な妹(ら)が、ヒーローである兄に無法な性的挑撥をかましてくるので、お兄ちゃん困っちゃう、くらいなことを描いたシリーズ作だが。
それについて筆者は考えに考えたすえ、『むしろそれは、ヒロインが性交を実行せざるための“挑撥”なのだ』、といういったんの結論を得た。言い換えるとそれは、あまり病的でない限りの≪ヒステリー≫的なアチチュードなのだ。「妹は思春期」についてややくわしくは、別の記事でふれるとして(*)。
そうして今作「メグミックス」でも、次のような軽いネタについては、「妹は思春期」と同様な解釈ができなくもない。

 ――― 『めぐみの青春時代』の巻より(YCC版, 第1巻, p.41) ―――
 【めぐみ】 どうしたの? こんな所(校舎裏)に呼び出して
 【少年】 俺 めぐみさんのことが 前から好きなんです!
 【めぐみ】 ええっ! 前から……
 (急にほほ染めて、)私は後ろからが好き♥
 【少年】 何言ってやがる!!
 【めぐみ】 突き合ってください♥
 【少年】 どういう勘違い してんだよ!!

そんなに軽くもない感じだが、しかし今作の中だとこれは軽い方。こんなお話ばかりならよかったのだが(?)、しかしめぐみの暴走は、もっと重い方までも平気で行く。筆者の心に、とくにインパクトが大だったエピソードをご紹介すると。

 ――― 『葬式』の巻より(2Pショート形式。SCC版, 第2巻, p.130) ―――
 (墓地にて、喪服姿の2人)
 【めぐみ】 あっ お父さん この度は…
 【中年男】 めぐみ先生… わざわざ すみませんね
 【めぐみ】 私…その… 何と言って いいか…
 【中年男】 いいんですよ(空を見上げて、)
 学校ではバイクを 禁止していました それを承知で…
 親より先に 逝くなんて こんな馬鹿息子…
 【めぐみ】 まさに 愚息も昇天…
 【中年男】 何言ってんだよ!!
 (中略)
 【めぐみ】 でも私…いまだに 信じられないんです 何でこんな… こんな…
 こんな奴の為に 葬式を開いた のか! 私の為に やるべき だったのに!
 【中年男】 お前は生きてる じゃねえか!!
 【めぐみ】 (目をふせて、)じゃあ早く 殺して…
 【中年男】 わけわかん ねえ!!

倉島圭「メグミックス」SCC版 第2巻とは、ずいぶんひどいエピソードだがしかし、『まさに 愚息も昇天…』のところで、わかっているのに何度でも爆笑してしまう。そしてかわいそうなお父さんを置き去りに、われらのめぐみ先生は、死んだ少年へのふしぎな嫉妬を隠しはしないのだった。

そこらからシリーズのふんいきが暗い方向に高まって、そしてSCC版・第2巻の巻末、全編の末尾とも受けとれる部位あたりに、めぐみが自殺して終わり、というお話がいくつか(!)。その中でも、あまりにアイロニーがきわまって印象的なのは、『めぐみの未来』と題されたエピソード。
それは、今作でよく見られるパターンとして、テレビ番組の収録のようなていさいで、なぜかめぐみが『識者』かのようにゲスト出演している。で、その背景が、崖っぷちに十字架の林立する墓地らしき場所。

 ――― 『めぐみの未来』の巻より(SCC版, 第2巻, p.177) ―――
 【青年】 今日は日本の未来に ついて めぐみさんに お話を伺いたいと 思います
 【めぐみ】 どうもよろしく
 (中略、いつもごとくのボケツッコミがあって…)
 【めぐみ】 日本の未来は一体 どうなっているのでしょうか?
 それは皆さん 一人一人の思いに かかっています
 (と言うとめぐみは、どこからか取り出した拳銃を自分に向けて、)
 ただ…私はそれを 見届けることが できないんです
 (さいごのコマ、カメラのレンズをふさぐ手のひら、その向こうで血しぶき)

このお話のさいごのシーケンスのサブタイトルが“E.vil N.ever D.ies”で、『どこかで聞いたな』と思って確認したら、スラッシュメタルのオーバーキル(Overkill)の楽曲に、ずばりそういう題名があるようだ。かつその表記は、3語の頭文字『END』を強調してもいることから、心の中で自分は、このエピソードを「メグミックス」全編の最終話と受けとっているのだった。

で、これを見ては何か、悲しみとともに、ふしぎだが一種の敗北感のようなものを自分は感じるのだった。分析治療なんてのもめったに『成功』はしないものだそうだが、その最大の失敗、分析家の敗北とは、クライアントの自殺によって治療が終わってしまうことだという。
われわれの用語の≪分析主体≫と同様に、めぐみも大量のおしゃべり(パロール)をたれ流してはくれたが、けれどもわれわれは、彼女の欲望の対象を、その欲望の性格を、適切に分析しきることができなかった。…よってこのようになった、という気がしてくるのだった。

 『“女の欲望”、とは何か?』

伝えられた逸話としてフロイト様は、『それは、“欲望されること”である』、と言われたそうだ。しかしめぐみは、名もなき男らの欲望の対象にはなりつつ、そのことを愉しみはしない。それをここまで、われわれが見てきたように。
ところで、狭い意味での≪ヒステリー者≫の特徴は、まったく飽きもせずにドクターらへの愁訴を繰り返し、それを(無意識にて)愉しみ、そして大いに苦しんでみせながら自殺は『しない』ことだそうだ。そうしてヒステリーの方々は、分析家たちからは愛されながら、彼らとの共生関係を生きるのだ。
そしてここらで、「妹は思春期」と今作、それぞれの描いていることはきっぱりと分かれる。筆者は「妹は思春期」という作品の『心理的』なふかしぎの一端を明らかにできたと思い込んでいるが、「メグミックス」についてそれはない。

ちょっと見方を変えてみると、われらが見てきためぐみのどうしようもなきおしゃべりらは、『大文字の他者に向けてのアピール』だとも言いうる。『大文字の他者』とは『常に主体を見ていると想定された存在』であり、彼女は目の前の会話の相手(ら)の向こう側にそれを見て、それに向かってご奉仕し、その享楽を実現しようとしている。
享楽それ自体をではなく、『享楽にかかわるおしゃべり』を彼女は愉しみ、そしてその愉しみを大文字の他者に捧げようとし続けるのだ。いや、『愉しみ』と書いたが、見ているとまるで、なさねばならぬ義務かのように彼女は、へんな汗まで流しながらがんばって(?)、その毒を吐きまくり続けるのだ。
ひじょうに印象的な彼女の自虐、彼女がアバズレでヤク中の変態痴女かのように自分を言い張ることもまた、はっきりしないが『大文字の他者』を悦ばせようとしている感じ。そしてほんとうの彼女の愉しみかと見えるものは、バカな男どもからのお追従を受けることではなく、どくろ(=死)とのたわむればかりなのだ。
で、この場合、その大文字の他者とは、読者のわれわれである…などと言い切ってしまうのもむざんだが。そうまでは言わずとも、しかし、めぐみが大文字の他者を見ようとしている視線の手前にわれわれがいちゃっていること、これは確かくさい。

そういえば、めぐみの吐きまくる毒を喰らった男らの絵姿が、どんどん化け物と化していくようなことをお伝えしたが。これはおそらく、『そのときめぐみには、彼らがそのように見えている』ということが表されている。
3匹もそろってこのバカな男どもが、くそ律儀にツッコミを行うばかりで、まったくジョークやシャレを解さないので、われらのヒロインは不きげんなのだ…ということは、まんざらでたらめな見方でもない感じだが。

で、どうすればこのシリーズに、ハッピーエンドがありえたのだろうか? さいしょから設定も形式も病的っぽい今作について、それを問うことがナンセンスかも知れず、かつまた『オレにはわかりません』、という〆くくりにしたくはないのだが。
しかし自分は心にその問いをおいたまま、今作「メグミックス」に対し、いまはただ、けいれん的で外傷的な笑い(=ギャグの作用)を返し続けるのだった。

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