2010/09/27

鴨川つばめ「ドラネコロック」 - わが逃走、父と息子のわがままな逃走

鴨川つばめ「ドラネコロック」秋田文庫版 
参考リンク:Wikipedia「ドラネコロック」

今回は、オールドスクールの超大ネタをご紹介! で、まずそのイントロ。
自分が『ギャグまんが第2世代』と呼んでいるものの中に、ギャグまんが史上のちょっとした『アノマリ(例外的存在)』と言いたいような作品が3つある。それは、鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」(1977)、江口寿史「ストップ!! ひばりくん!」(1981)、そして岡田あーみん「お父さんは心配症」(1983)の3作。

何がアノマリかというと。その3作いずれも時代性の濃ぅいぃ作品でありながら、しかしなぜだか常にフレッシュな感じを維持し続け、そして常に新しい世代の読者を獲得し続けている。だからか、コンシャスな書店の書棚には、たいがい常に入っている。そこがすごいし、ざらにない。

それらに比したら、第2世代の第1号であり“すべて”の源泉たる山上たつひこ「がきデカ」(1974)にしろ、またその世代で最大のヒット作かと思われる高橋留美子「うる星やつら」(1978)にしろ、もうちょっと時代の垢がついてしまっている感じかと。…すると、そのアノマリ3作につき、『それぞれの時代のまんが界のNo.1にまではならなかった』、『びみょうにだがマイナーだった』、という点もまた、それらのエバーグリーンな感じに寄与しているのだろうか?

かつまた、そのアノマリと呼ばれた3作は、それぞれの作者らをたいへんに消耗させた創作でもあった。鴨川先生がいちばんはなはだしい例であり、江口先生がそれに続いて、いずれもそのあたりから調子を落とし、以後にあまり大きな作品がない…とも見られそう。
あーみん先生についてはやや異なり、「心配症」の後にも「こいつら100%伝説」(1989)、「ルナティック雑技団」(1993)、とすばらしい創作が続いていたが。しかし現在の時点から見ると、等しくいわゆる『幻のまんが家』の一員になっており(惜しくも!)。そしてその遺した代表作として、われわれの前に「心配症」があるのだ。
…というポイントに、何らかの意味が、あるのかどうか? ジミヘンやモリソンやジャニスと異なり、こっちの作者らはりっぱに存命中で『まだまだこれから』があろうけれど、しかし(どこかで)その作品に『白鳥の歌』的なニュアンスの出ちゃっていることが、何か機能しているのだろうか?

で、ともあれその3作がいずれも、われわれのギャグまんが研究の超じゅーよーな課題であろう、とまでは確認しつつ。

けれどもこの稿では、ストレートにはそこらへと取り組まず斬り込まない(!)。『手のつけやすそうなところから』という筆者のイズムによって、「マカロニ」と並ぶ鴨川つばめ先生の代表作「ドラネコロック」(1977)を、ちと見ていきたい。
いや、なぜこの「ドラネコロック」かって、自室で何かを探していたら、たまたまその秋田文庫版(2007, 全1巻)が目についたので、つい読んでしまったから…ということもあるが。



さあて、ここまでの前置きがいいかげん長すぎているので、掲載情報や書誌情報などは参考リンク先をご参照(*)。ようするに今作「ドラネコロック」は、「マカロニほうれん荘」とほとんど同時期に、月刊の方の少年チャンピオンに出ていた作、ということ。で、どういったお話かというと…。

そのヒーローの≪泉屋しげる君≫が暴走族の副リーダーで、人さまの迷惑かえりみずに徒党&ソロで暴走しまくる、いまでいう『ヤンキーまんが』という性格が、まずある。やがてその向こうみずきわまる明日なき暴走に、対抗サイドの警官2匹も加わり(!)、さらにはしげるの父の≪おやじ≫もが加わる(!)。
『ロックとバイクが オレの命!』と文庫版のあおりにあるように、当時イカしてたスコーピオンズやUFOらのハードロックサウンドに乗って、彼らの大暴走が果てしなく続くのだ。かつそのあいまには、ラブコメやホームドラマの要素も多少ありながら。

また今作は、高校生の主人公たちが、いきなりくわえたばこで登場。そして暴走や飲酒喫煙どころか、暴行・窃盗・器物破損・故買・セクハラ等々の行為らを、のびのびとおおらかにやりまくり(!)。かつパチンコ店や成人映画館にも出入りするという、いまの少年誌ではちょっと描けないような、ものすごいフリーダムなお話でもある。
といったような特徴は、先行したチャンピオンのギャグでいうと「がきデカ」や吾妻ひでお「ふたりと5人」(1972)にしてもあるのだが。しかし今作はびみょうに表現がナマっぽいだけ、いま見るとインパクトある感じ。

そして今作の、「マカロニほうれん荘」に対して対照的なところを、まず見ておこう。これは、いずれ書かれる「マカロニ論」への予習をかねて。

【1】 「マカロニ」が『荘』というひとつの場所を中心として展開したお話だったのに対し、こっちの「ドラネコ」は『暴走』というテーマ性に即してか、『移動』というモチーフがひじょうに目立っている。そしてその『移動』全般には、何かからの≪逃走≫という性格が常に濃くある。

【2】 ヒーロー像の相違。“すべて”においてハイパーな「マカロニ」の3人組に対し、「ドラネコ」のしげる君は、相対的にはコンベンショナルなギャグまんがの主人公、という感じあり。その特徴は3等身とぜったいに外さないグラサン、そして『オー マイ マザー、カーチャン フロム トーキョー!』、『ハロー ハニー ダーリン! ユー アー ボクの ルイジアナ!』、といったおかしい英語まじりのしゃべり。

【3】 「マカロニ」に登場した≪そうじ君≫のような常識あるツッコミ役が、今作にはぜんぜん不在。しいて挙げればしげる君のマザーだが、そうじ君ほどには機能していない。そもそも、泉屋マダムは基本的には家庭内でしか活躍しないので、その外でのバカどもは文字通り『野放し』(!)。だから彼らの暴走には、ほとんど歯止めがかからない。

【4】 また、「マカロニ」の表現を(相対的に)ファンタスティックでドリーミィなものと見れば、こちら「ドラネコ」の表現は(相対的に)リアリスティック。「マカロニ」で特徴的な『シュール』と形容されるようなギャグは、今作にはめったに出てこない。

と、いまさいごに申し上げた、「ドラネコロック」の『リアリスティック』と形容できそうなところを、ひとつ見てみようかと。文庫版の序盤すぎの、『みんなで一緒に!』の巻(p.119)から。

そのエピソードのイントロで、暴走族『ワイルドキャット』の首脳2人は、おしゃれっぽい街の道ばたで露店を営業中。そして二枚目のリーダー≪光二≫が女の子らを呼びとめ、しげる君がぺらぺらと口上をまくしたてて、『資金カンパ』と称し、明らかにガラクタっぽいグッズらを売りつけようとする。
それに対して女の子たちは、『ロクな物 ないじゃない!』、かつ『盗んで きたもんばかりじゃない!』と、きわめてすなお&クレバーに反応なさる。そこでしまいにしげるが出してきた『目玉商品』と称するブツが、例の≪桜の代紋≫と呼ばれる警察のエンブレム(!)。作中で20~30cmくらいの直径で描かれたソレは、確かにレア品には違いなさそうだが…。
しかし『当社が命がけで 仕入れた特選品!!』とやらの訴求力がギャルたちにはいまいちで、彼女らはしげるの≪フーテンの寅≫ばりの売り口上を『わあ おもしろーい』と聞いた上で、かしこくもさっさとその場を立ち去る。そして残されたツッパリ2人は、『チェッ しけてやんなー』と苦情を言っている。

鴨川つばめ「マカロニ2」…これが意外と、なかなか生々しいお話なのだ。パー券(パーティ券)の押し売りとかグループのステッカーの販売とか、まあいろいろと暴走族の資金稼ぎもあったものだった。
さいわい筆者はそのてのものを買わされたことはなかったが、そんな時代には確かに『あったこと』なのだ。その一方の「マカロニ」にもインチキな商売のお話が出ているけれど(パッと目についた例、「マカロニ2」の『路地裏ブギウギの巻』)、しかしその描き方は、もっともっとファンタスティックだ。

なお今作「ドラネコロック」については、そのような不良ワールドのリアリティが目立っていた序盤、続いてはおやじ大活躍の中盤、そして何だか壊れぎみな終盤…という3部構成、という見方が、遡及的には可能そう。あまりよく読んでないが、Wikipediaにもそんなことが書いてあったような感じで(*)。



そして筆者の見るところ、今作「ドラネコロック」は、主人公のしげる君をさしおいて、ハゲとヒゲ以外は息子にそっくりな≪泉屋おやじ≫が大暴走し始める中盤から、異様なる精彩を見せてくれるのだった。そこいらが全編のピークかと思うのは、筆者もほとんど中年なので、仲間びいきも(?)あるかとは自覚しつつ。
本人によれば、このおっさんは元禄8年の生まれで当年54歳、元陸軍オートバイ上等兵、自称『鋼鉄の中年』。その初期の口ぐせは『オオッ グレート!!』というので、「エア・ギア」の作者でなければジョジョの4代目にも影響を与えているようだ。まあ、「ジョジョの奇妙な冒険 第4部」も一種のツッパリ系ドタバタギャグなので(!?)、通じるところは大いにあるな…と独りがてんしつつ。

で、このおやじは、そのトシで定職もなく、わりとふだんはパチンコびたり。たまに職につくと、それが必ず車両の運転関係なのだが、そして必ずあっさりと、クビになるようなことをしでかす。
いやむしろ彼は、意図的にクビになろうとしてあれこれ工作している(!?)、というふうにまで見えるのだった。ちょっとそこらを見てみれば。

『おやじの就職』シリーズの第1弾、そのサブタイトルも『さあ働こう!!』の巻(p.137)で、路線バスの運ちゃんになったおやじ。われらのマダムは夫の就職をひじょうに喜んで、彼の朝ごはんやお弁当をスペシャルに奮発するのだが…。
ところがおやじは勤務中、タクシーじゃないのに『手を 上げん客に車を止められるかっ』と、超おかしいことを言い出す。さらには、お客らを途中で強制的に降ろしてしまい、

 【おやじ】 90円で いつまでも乗れると思っ たら大マチガイだっ!!
 こっちはちっとも 商売にならん!

などと言って、ものすごいカスタマー虐待に走る。ついでにバス90円という当時の運賃もすごいけど、それはともかく…。

続いたシーンで、しげるが女の子と2ケツで単コロ飛ばしているのを見ちゃったおやじ。100パーセントお呼びじゃないのに、彼は猛然と息子をバスで追い廻す。やがてその暴走に、まいど出ているパトカーの警官たちも参加して、しまいにはとんでもない大惨事に!
それからボロボロになった親子はさらに、バスの料金箱からかすめたお金で、夜の街へ酒を喰らいに行くのだった(!)。そして、いさいをバス会社からの電話で聞かされたマダムは、家から湯気が出るまでのカンカン状態で、バカ2匹の帰りを待つのだった。

といった『おやじの就職シリーズ』が作中に何本か、いずれも似たような展開。すると、息子のしげるもりっぱな問題児には違いないが、しかしそれにも増して! いいトシこいて社会性がゼロ以下のマイナスな、このおやじの方がよっぽどやばい人物…ということは明らかになってくる。
じっさい作品の中盤から、おやじの暴走があんまりなのでしげる君がツッコミ役に、というエピソードが目立ってくるのだ。そんなおやじの活躍で、とくに筆者の好きなところを、ご紹介いたせば…(『愛のフィナーレ!!』の巻、p.297)。

…しげるたちのグループとポリス2人組が喫茶店に入って、そしてつまらぬことからケンカをおっ始めそうに。そこへ、みょうにタイミングよくおやじが飛び込んできて、『兄弟! 楽しくやろうぜ!』と、バカどもをいさめる。人生なんて短いんだから、できるだけゆかいに過ごそうじゃないか…と、年の功ありげなことを言って、みんなを少々感心させる。
で、何とか落ち着いたところでウェイトレスが、『おじさま ご注文は?』とたずねると、われらのおやじは『しじみ貝のみそ汁!』と答え、持参の弁当を取り出す。それで一同がズコー!となって、しげる君が『そんなもん あるかってーの!』とツッコむと、そこでおやじの反応が尋常でない。

 【おやじ】 なに~~~~~ (中略) それはできないとゆーのかっ
 そっちがその気なら きさまらを殺してみそ汁の ダシに使うだけだっ!
 わかったか このどぶねずみ野郎っ!!

ときてはもはや、年の功も何も、あったものではないのだった。おやじは戦地で人死にを見すぎたせいなのか、人命尊重の概念がひじょうに乏しいようなのだった。このお話では口で何か言っただけなのでまだいいが、もっとひどい作例はいろいろとある。

なんて、うかつに面白いところをご紹介したせいで、さいしょから散乱ぎみな筆者の話が、さらにまとまらなくなっちゃったけど…!

◇まとめ、その1。筆者の感じ方によると、わりとスタイルのまとまった今作「ドラネコロック」の中盤は、それ以前の名作でいうと、赤塚不二夫「天才バカボン」に近い感じなのだった(!)。手八丁口八丁なおやじの活躍ぶりに加え、ポリがやたらにピストルを乱射するところも似てて。ぜんぜん異なるのは、スピーディなアクションによるドタバタを、クールなスタイルで具体的&立体的に描いているということだが。

◇まとめ、その2。見ていて筆者は今作について、『甘え』と『甘やかし』の共犯関係、ということを感じるのだった。そしておやじやポリ公らをも含めた作中の≪ガキ≫どもは、『甘やかされている環境がひじょうに不自由である』、と、実にわがままかってな感じ方をしやがるのだ。

第2の点について、少し補足。われらのおやじはめっちゃ甘ったれた人生を送りながら、突発的に『ぬくぬくとした環境で おいぼれていくなんざ まっぴら御免だぜ!』と叫び、そしてバイクで家を飛び出す(『青春市街戦!!』の巻, p.233)。
…と思ったらやがて戻ってきて、しげるとポリ2匹を巻き込み、自宅の庭に電話ボックスで別荘を作って(!)、そこでの自立した生活をもくろむ。それからのいさいを略して、けっきょくはマダムらに大めいわくをかけるばかりなのだが…。

ところがマダムは、なぜかおやじにはベタぼれらしく、常にひじょうに態度が甘い。それとまったく同じ構図として、しげるには幼なじみの≪渚≫というガールフレンドがいて、なぜかこの子がしげるに超ベタぼれ&態度が超甘い。
そしてしげるが、ふだんその渚をウザがって彼女から逃げ廻っていることが、お話としてひとつの円環をなして、もはや『それはなぜか?』もへったくれもないのだった。

まったくもって教訓的でない教訓だが、そのようにわれわれが『ぬくぬくとした環境で おいぼれていく』ためには、まず愛される必要があり、そして、ポーズとしてその環境から逃げようとしてみせる必要もある。…のだろうか?
ということをまず見たとして、このレビューをいったん終わろう。そして今作「ドラネコロック」、および文中で名が出た傑作らについては、ぜひ近くまた!



『終わろうZE!』と申し上げてからの余談(ゴメン!)。秋田書店のまんが刊行、特にその再刊のやり方については、すでにあちこちでいろいろ言われているかと思うが…。
にしてもわれわれが見てきた文庫版は、「ドラネコロック」の本編が全36話くらいありそうなものから、『作者自選』にしても28編収録とは、ずいぶん中途はんぱな感じ! これなら同じ秋田文庫で、かの「がきデカ」をたったの全2巻(!)で出していることの方が、思い切っているだけよっぽど好感がもてそうかもっ?

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