2010/09/29

ロドリゲス井之介「踊るスポーツマン ヤス」 - オトコには男の乳頭が、あるっっ!!

ロドリゲス井之介「踊るスポーツマン ヤス」第2巻 
参考リンク:Wikipedia「ロドリゲス井之介」

「踊るスポーツマン ヤス」、これは確か2年くらい前に秋葉原のブックオフ店頭で、初めて見て知った作品。1999年からヤングサンデー掲載、単行本は全4巻(ヤングサンデーコミックス)。
ただし筆者の手元には、その初エンカウント時に買った第3巻までしかない。例によって全国のスポットを探し廻っているけど(誇張あり)、いまだ第4巻を見たことがない。

そもそも全4巻だという情報も、いま調べて初めて知った。関心がないんじゃなくて、現物がないのに『情報』があってもしょうがねえ…というのが、オヤジの感じ方らしかった。
もともとが筆者はレコードマニアなので、『“目の前の”ジャンクの山を掘る』ということが好きなのもある。そしてアナログレコードを掘ることに比べたら、背表紙だけ見て分かるような古まんがあさりの方がぜんぜん楽なので、『趣味悠々』的にアダルトたっちで成り立つ。

で、買ったころに職場の男子更衣室で、ちょっとまんが談議のようなことになり。そこでオレは、今作「ヤス」の第2巻をカバンから取り出して見せた。

 【オレ(アイスマン)】 いま、こんなん読んでんスよ! ククッ、見てくっさいよコレ!
 【同僚】 (カバーを見ていきなり、)な~んスかこりゃっ! ギャハハッ、くだんなそー!

これが、オトナ同士の漢の会話だ(キリッ)。そして、くだらなさ以外は何もないような今作について、このようなリアクションがあったことは、その1つの大成功と言えよう! とは言ってもたぶんセールスがいまいちだったので、その単行本が無意味にレア化しているわけだが!

さて今作「踊るスポーツマン ヤス」の内容につき、筆者が概要を書いていると例によってくどくなるので、版元さまのサイトから宣伝文を引用いたせば(*)。

『全世界のスポーツを牛耳る組織ゼロンが支配する学園に突如降臨した。スーパースポーツマン・ヤス!! 超絶バトルの連続に笑うしか術はない!!』。
…とは、途中の『。』の入り方が何となくおかしいが、しかしこれでよくお分かりですねっ!?

その宣伝文が、ともかくも簡潔なのは見習うべきだなあと思いながら、ちと補足いたすと。『ゼロン学園』という弱肉強食の世界で、ぞんぶんにしいたげられている語り手≪ミチル君≫らのどんくさい『補欠部』。そこへ、なぞめいた長い修行を積んで『スーパースポーツマン』に生まれ変わったヒーロー≪ヤス≫が、ふいにカムバック!
そして親友だったミチル君を救うべく、ヤスは補欠部をスーパースポーツ部に生まれ変わらせ、ゼロンの支配体制にバトルを挑んでいくっ! かつ銘記せよ、スーパースポーツ部の標語は、『スポーツ・セックス・サイエンス』の≪スリーS≫だっ!

というわけで、盛り上がってきそうだが! だがしかし! われわれがつい期待しちゃうような『スポーツ・セックス・サイエンス』の様相などは、今作には1つも描かれていない! いやまじで!

そもそもだ、常人らの2~3倍ものスポーツ能力を有するらしきヒーロー≪ヤス≫、彼の風貌がしまらない。ちんちくりんの小太りで、へんにハネている前髪とタレ目型の銀ぶちメガネにアクセントがあり、そして目が小さくて鼻が横にでかく唇がブ厚い。…と、一見、単なるスケベな中年オヤジ風なのだった。
いやじっさいにヤスは、とほうもないドスケベでもありつつ。そして眉間の深~い縦ジワだけが、唯一、彼の顔をキリッと見せている要素なのだった。
なお、ミチル君の記憶する過去のヤスは、背も高くてもっとカッコよかったらしい。もしも人物の入れ替わりが『なかった』とすれば、スーパースポーツの修行の過酷さが、彼を変貌させちゃったらしいのだが。



なんて、ご紹介のようなことはこのくらいにして。この「踊るスポーツマン ヤス」の作中で、筆者のとくに関心ある部位の話をさせていただこう。
すなおに申して今作は、読んだ範囲内、その第1巻がいちばん面白い。追ってだんだんグダグダ気味に、とは思うけど言わない。そしてその「ヤス」第1巻とは、主に≪何≫が描かれたものかというと?

…≪男の乳首≫というアイテムについて、われわれはどう考えるべきだろうか。かの竹内元紀「Dr.リアンが診てあげる」のどこかには、『男の乳首なんか なくなってしまえー!!』とかいうせりふが出ていたが。
またちょっと違うところを見ると。ご存じ、梶原一騎&辻なおきの名作プロレス劇画「タイガーマスク」(1968)。その原作では『ほとんど』、そのアニメ版では『まったく』、男の乳首が描写されていない(*)。その存在が、≪抑圧≫をこうむっている。幼時の筆者はその表現を真にうけて、『大人になれば、または強いレスラーになれば、そんな要らなそうなものは消失しちゃうのだろうか?』、などと本気で思い込んでいた。
さらに、今作「ヤス」から約10年後。同じヤングサンデーの掲載作「ジャパファイブ」のヒーローは、相棒のおデブ君のおっぱいを接写した映像を見て、分かっているのにうっかり興奮しちゃってから、天に向かってこんなことを叫んだのだった(佐藤まさき「超無気力戦隊ジャパファイブ」第4巻, ヤングサンデーコミックス, p.31)。

 『教えてください、神よ!! なぜ男にも乳首を おつけになられたのです!!』

と、このように話していると、≪男の乳首≫というものは、まるで哀しみの代名詞でもあるかのように思えてくるのだが…。

ところが今作「踊るスポーツマン ヤス」は、これらの問いかけに対し、『否、否! しかりっ!』と、超パワフルかつ肯定的に答えているものなのだ。そしてその力強いメッセージ性が集約的に描かれているのが、今作第1巻の、『乳頭つまみ』という凄絶さをきわめたバトル編なのだった。

だいたい物語の冒頭から、今作は≪男の乳首≫という物件を、ひそやか&ろこつに大フィーチャーしている。ゼロンの惨状をミチル君から聞いたヒーローは、男の憤激に燃え立ち、そして『ぬうううぅぅぉぉぉ!!』と叫んで気合いを入れれば『ビビビビッ』と一帯に電光が走り、そして服を突き破って、怒張しきった彼の2つの乳首が飛び出す!(第1巻, p.26)

 【ヤス】 怒りは、乳頭をも 鋼鉄と化す!!
 【ミチル】 ヤスくん… キレイな… 乳頭だね…!!

ロドリゲス井之介「踊るスポーツマン ヤス」第1巻追ってヤスたちの反逆に対抗し、ゼロンの生徒会長のお色気キャラクター≪優香≫は、『ビキニ隊』という刺客をさし向けてくる。一瞬なにかを期待させるわけだが、これが実はビキニの海パンを身につけたマッチョの集団であり(!)。そして優香はヤスたちに、『乳頭つまみ』という競技でビキニ隊と闘え、と言うのだった。

『乳頭つまみ。10m×10mの囲いの中で 1人vs1人で互いに半裸になり 単純に相手の乳頭を指でつまむ競技。勝敗は、タッチ&エクスタシー方式によって決められる。(民解堂書房刊「古代格闘技大辞典」より)』(第1巻, p.50)

で、双方3人ずつによる勝負となり(一方の2勝で決着)。まずはわれらがスーパースポーツ部の先鋒たるミチル君が、レフェリーの『つまめ!!』という合図で闘いに臨む。がしかし、セコンドのヤスの指示がでたらめすぎたせいもあり、あっさりとやられてしまう。
その、さいごのやられ方というのが。目の前で宙返りした相手に軽くバックを取られ、次の瞬間には背後から巧みに、両方の乳頭を激しく責められて…。そしてわれらのミチル君は、『あぁあぁ あぁあぁ!! だめぇ~!!』と悲痛な叫びを上げながら、パンツの中にて『ピュッ ピュッ ピュッ』…と、あえなく果ててしまうのだった(第1巻, p.70)。

そこへレフェリーの『エクスタシー 1本!!』という宣告が、たぶん数万人の観客を収容した、巨大な特設コロシアムの中に響きわたる。
それから続いた第2戦の描写も面白いんだけど、このさいさくっとそこは略し。

で、その第2戦も惨敗しちゃったので、われらがチームの敗戦が確定(!)。そのあんまりなふがいなさには、優香も少々呆れるし、かつ大向こうからは、『おまえらウンコだ!! しょせん補欠部!』…等々の激し~い罵倒がヤスらへ。
それにたえかねてヤスは憤激に燃え、『オレ一人で即攻 ビキニ隊全員を倒してやる!!』と宣言。特例が認められて延長戦が始まり、闘志まんまんでリングに上がったヤスは、レフェリーの『つまめ!!』という合図を聞くと、すかさず即攻でラウンドガールの乳頭を、つまみにかかるのだった。『コリコリ』と。

…いや、ま、それは余興で! あっという間にわれらのヒーローは、2匹のビキニ隊を、『ドピュッ ドピュッ』と絶頂に導いてしまう。
そこで束になってかかってきた残りのビキニ隊は、≪乳頭隣抓(にゅうとうりんそう)≫という恐ろしい大わざを出してくる。これは横一列に並んだオトコらが、手を伸ばして隣りのやつの乳頭をつまみ、あらかじめ仲間同士で乳頭をガード、という鉄壁の布陣に他ならない。と言ってる間にもタイムアップが迫る、あやうしッ!

しかしヤスは、そこで『スーパースポーツ右脳』とかいう特殊な器官を用いて、乳頭隣抓の弱点を発見。つまりこのフォーメーションだと、列のはじっこのやつの乳首が片方、ノーガードになっているのだ。
という指摘を聞いた優香は、不敵な笑みをもらし、そしてリング上のビキニ隊に『乳頭輪抓よ!!』と、別の布陣を指示する(第1巻, p.108)。
この≪乳頭輪抓(にゅうとうりんそう)≫とは、乳頭隣抓の欠点を克服すべく編み出された超荒わざだそうで。互いの乳頭をつまみあったオトコらが、内側向きの輪になって、すべての乳頭らを完ペキにガードするのだ。まさに難攻不落の陣形、あたかも万里の長城のごとし…ッ!

しかし、われらのヤスは! 敵の乳頭輪抓フォーメーションが完成する前に、何と自らもその輪の中にまぎれ込んで!
そして隣りのやつの乳頭をコリコリと責めながら、『乳頭連鎖!!』と叫ぶのだった。するとまさしく連鎖反応で、輪になったビキニ隊たちは、互いの乳頭をコリコリ、ギュリギュリと責めあい始めるのだった(!)。
だが、なぜこのような≪連鎖≫が生じるのだろうか? …というミチル君の心の声による疑問にすかさず応えて(友情の以心伝心っ?)、ヤスは言う。

 『人間とは!! 自分が 相手に気持ちよく してもらったら、
 その相手にも気持ちよく なって欲しいものだぜ…』

これを見てやばいと感じた優香が、リングの下から『何を やってるの!! 乳頭連鎖解除よ!!』と叫ぶも、彼たちの≪連鎖≫は止まらない。そしてビキニ隊のリーダーらしきやつは、高まる興奮と快感に鼻の穴をおっ広げながら、優香に言う。

 『優香さん… 僕達も人間なんです…
 自分が気持ちよくして もらうだけなんて… できません…
 相手も 気持ちよく してあげない と!!』

ここにてすでに、勝負は決していたのだった。こんなところをあまり精細に描写するのもなんだが、やがてビキニ隊たちは全員が、ほぼ同時にオーガズムを迎えてその場にパタリと倒れ、リング上に立っているのはついにヤスだけだ。
で、それを見てミチル君は、『みんな… イって しまったのか…』と心でつぶやく。自軍の勝利の瞬間なのに、なぜか哀愁めいたものを、ふと彼は感じたようなのだ。
そして、すっかりイカ臭くなったであろうリングのド真ン中で、レフェリーはヤスの手を高々と上げて、『セブンオール エクスタシーズ!! ヤス優勝!!』と、はえある勝者の名を満場へと告げるのだった…ッッ!!

ここらがおそらく「ヤス」全編の、最大のピークかつ絶頂にしてアクメっぽい部位。何せ、計11人もの人物らが堂々と『ピーク』に達しているので、まったくまちがいない。
かつまた、上記のエピソードをギャグまんが史的に見れば、かの「行け!稲中卓球部」に描かれた『カンチョーW杯』以来の名勝負、とは軽く断言できよう!

そうしてわれらのテーゼとして、かのイヤミ氏の『シェー!』を第1号とする、『オーガズムを婉曲に描くものとしての“外傷的ギャグ”』。それがここでは、『オーガズムにいたるまでの手段が婉曲的すぎるという“外傷的ギャグ”』、と変形されていることを見よう。また、もはや言うまでもなかろうが、≪男の乳首≫は『外傷的なシニフィアン』に他ならぬものとして(…シニフィアンとは、意味不明だが意味ありげな記号)。
かつ、人間性の数少ない美点の1つを逆手にとって攻めるというヤスの戦法は、正義のヒーロー(?)としてどうだったのか? そして、ミチル君が勝利の瞬間にうけた感じは≪何≫だったのか?…等々と、なおも考えるべきことは多くありそうだが。

だが、それらは宿題にして。筆者はガッコの宿題をほとんどやったことのないダメな仔だったが、でもそれを言いはって。
堕文のさいごに筆者は、作中にも出ている≪性感帯≫という概念にふれようと思う。これはもちろん、われらの偉大なるフロイト様の創出された用語でありつつ。

…先に見た場面、ビキニ隊の輪にまじっているヤスは、自分も同じようにきびしく乳頭を責められているのに、ふしぎと独りだけ涼しい顔だ。それはなぜかと問われて、『鍛え上げているオレだけに、性感帯も“変幻自在系”!』、などと答える。
と聞いてリング下の一同は、ヤスの主張がイミフで思わず首をかしげる。けれどもフロイトの理論構成からすれば、そのりくつには大いに一理ある。
つまり、性感帯とは、どうして≪性感帯≫なのか? というとそれは、本人がその個所を≪性感帯≫だと考えているから、くらいのことがフロイトのご主張なのだ。
むずかしく言うなら、その個所に≪リビドー≫が備給されているので≪性感≫が生じる、とかいうことらしい。この議論にあんまり深入りしてもなんだが、しかしそのようでなければ、特別な受容体もない場所に特別な感覚のあることを説明できないはずだ。

そしてこのように、エログロナンセンスをきわめていそうな≪ギャグまんが≫こそが、人類最高の叡智たるフロイト様の崇高なるご理論へとシンクロし共振し、そしてお互いを強めあい讃えあうのだ。そのような、歓びと感動あるのみの眺めをわれわれは、ささやかにもこの場にて見ようとしているのだ。



…追って書く機会もなさそうなので、やっぱり筆者の思いつきを追記しておこう。以下、別にぜひのご高覧には及びませぬので! いや、ほんとは見てほしいけど!

まず、男の乳首は≪ファルスのシニフィアン≫『である』。ヤスはそれを『鋼鉄』までに鍛えあげ、そしてそれを『去勢するものとしてのファルス』にまで高める。
また、彼以外の男子らにとっても、その乳首が≪ファルスのシニフィアン≫であるには違いない。ところが鍛えていないせいで(?)、それが逆に弱点になり、そして攻め側によって≪去勢≫をこうむってしまう。ここにおいて、男の乳首は≪去勢のシニフィアン≫になり下がる。
で、あたりまえなのだが、去勢をこうむる側の方が圧倒的多数なのだ。ヤマ場でミチルくんの感じたさびしさは、そこからのものだろう。永遠に『雄々しく』勃起し続け、それ以外の“すべて”を去勢するものとしてのファルスは、この世には存在せず、人々の頭の中でおっ立っているものでしかない。そして一瞬だけにしろ、ヤスは『それ』としてそこへ現前するのだ。

とまでを見てくれば、≪タイガーマスク≫らのカッコいい系ヒーローについて、その乳首の存在が≪抑圧≫され気味な理由もわかってくるだろう。
タイガーマスクがコーナーポストの上につっ立って登場するまいどの見せ場、あれがまた≪ファルス≫の現前をにおわせるポーズでありつつ。で、それを、本人の乳首が怒張しまくっている、という表現に置き換えたら、今作「ヤス」になってしまうわけだ。「タイガーマスク」がぎちぎちと抑圧したものを「ヤス」は大っぴらに描いて、そして≪ギャグ≫にしているのだ。

あと、もう1つ。さきの文中、ミチル君がエクスタシーを迎えちゃうところの描写がくどいな、とお感じの諸姉兄もおられると思うが(…ぜんぶくどいッスか? スイマセン!)。
たまには正直になってみると、あそこで筆者はミチル君に感情移入して、ついつい興奮させられてしまうのだった。そのコーフンが、記述にまで表れちゃったかと。まあそのミチル君が、美少年というほどでもないけれど、ひょろっとしててちょっとかわいいし。
そしてそのような性的興奮を(意識にて)否定しようとしてわれわれ読者は、少年がその乳首をムキムキのマッチョ野郎によってなぶられ、そして大観衆の前でオーガズムに達してしまう…というたまらない描写を、≪ギャグ≫として『笑い-飛ばす』のだ。残された≪何か≫を、無意識へと沈めながら。

0 件のコメント:

コメントを投稿