2010/04/08

安部真弘「侵略!イカ娘」 - こんなのもアニメ化スルメイカ!

「侵略!イカ娘」第1巻 
参考リンク:Wikipedia「侵略!イカ娘」, 「侵略!イカ娘」アニメ公式

2007年から少年チャンピオン掲載中、海の底からやってきたらしいなぞの少女≪イカ娘≫が、人類を支配しようとして逆に迫害をこうむる的な、ショート形式の『地上侵略コメディ』(少年チャンピオン・コミックス, 刊行中)。これについてはいずれ取り上げようと思っていたけれど、さっき今作が『アニメ化(詳細未定)』というびっくりニュースを聞いたので、とりあえず書き始めてみた。
なにが『びっくりニュース』かって、特に売れているものでも話題作でもなく、しかもこんなチン妙な作品がアニメになるなんて、まったく予想もつかなかったので。めでたいっぽいニュースの後にひどいことを述べるようだが、単行本の第2巻が出たころから、むしろ『風前の灯火』的な印象をうけていた。
というのも今作の示している、『コンセプト』…? つかその『内容』、その創作の骨子的なもの…? そういうものらの提示は第1巻でほぼ完了しており、現在までにその後の発展があまり、あるような気がしていない。

ただしそのスタートダッシュのところが面白かったとは、大いに申しておかねばならないだろう。ある夏の日、海の底から盛況の海水浴場に上陸してきた少女が1軒の海の家に押し入って、『この家を… 人類侵略の拠点に させていただくで ゲソ!!』と、とんでもないことを言い出す。
そのなぞの少女≪イカ娘≫には、固有の名前はないらしい。そしてイカ娘というだけに、イカっぽい帽子をかぶっており、髪の毛っぽい部分が10本の触手になっており。そして衣類も含めて全体の色調が水色と白の2トーンなのは、さわやかっぽくも見えながら。

で、いちばんすごいと思ったのは、この女の子が何かの拍子で、口からスミを吐く。目の前の敵っぽい相手に向けて、『ドパッ』と真っ黒いスミを吐く。くしゃみをしたはずみでも、それが出る。そこで『なんてもん 出してんだよ!!』と突っ込まれると彼女は、『イカスミ吹いた だけじゃなイカ』と、イカ語なまりですましている(第1巻, p.19)。
さらに、それに目をつけた海の家の経営者は、イカ娘のスミを使ったスパゲティを店のメニューにする(!)。人類とケンカをしても勝てないイカ娘は逆らえなくて、言われたとおりにスパゲティの皿に向けて、『でろ~』と口からスミを吐く。それが『全然おいしい』という評判をかちとるのだが(同, p.23)、しかしその工程がきもち悪すぎる。

これがまさしく、≪外傷的ギャグ≫に他ならない。いつも同じことばっかり申しててすまないが、『オーガズムを婉曲に描くもの』としての≪ギャグ≫が、またここにもある。
かつ、別に作者の制作意図なんて知ったこっちゃないけれど、この本の第1巻の『あとがき』にも書いてある。『(前略)女の子が突然スミを吐いたら面白いなと思い、このキャラクターが出来上がりました』(p.163)。そしてうかつにも、その『面白いなと』思う思い方が、筆者にも共有できてしまっている。

で、言うまでもなく、その面白さは≪不条理ギャグ≫の面白さであり、それはいいが。けれども今作のその後の展開は、それに続いて不条理なギャグらをドパドパと繰り出すようなものには、なっていない。むしろ「オバケのQ太郎」みたいな(?)、珍しい居候のいる日常を描く、ゆる~いコメディになっている。そこが、筆者の期待をうらぎってくれているポイントではありつつ。
ただし、イカ娘がいぜんとして正体不明なので、かつまた地上侵略をあきらめてはいないというところで、今作にはいまだ≪不条理≫の要素があるにはある。で、そこらから再びの発展があることに期待はしつつ。

ところでなんだがギャグまんがの世界に、≪イカ≫というモチーフの系譜が存在する感じ。その元祖というのは特に知らないけれど、りぼんの4コマ作品の森ゆきえ「めだかの学校」(1996)のヒーローの校長先生が、やたらとイカ(スルメ)を好き…というあたりから気になっていたことで。また、それとほぼ同じ時代の三ツ森あきら「LET'Sぬぷぬぷっ」にも、確か≪イカ男くん≫というイカっぽい少年が、美人家庭教師からHっぽいレッスンを受けるようなエピソードがあり。
かつ、今作「イカ娘」の直前の先行作とも言えそうなのは、アフタヌーン掲載のSABE「世界の孫」(2005)。こちらもまた、学校の先生がイカを死ぬほど大好きというお話。ただしこちらの先生は、その名も≪イカ子≫という若い女性で、女性のくせに『イカ臭い』として評判がよくない。本人の素行もよくない。
そのイカ子先生は脇役なのだが、しかし彼女が大活躍し始めてから、ようやっと「世界の孫」という作品に精彩が出てきている。そして「めだかの学校」の婉曲きわまる性的ニュアンスのほのめかしは、「LET'S」や「世界の孫」においては、ひじょうにあからさまになっている。

かつまた。『近年の少年チャンピオンのギャグまんが』という文脈で、『“萌え”的な感覚をいちおう刺激しておいて、逆に転覆する』という方向性がある。2000年の伯林「しゅーまっは」がその第1弾かと見つつ、やぎさわ景一「ロボこみ」(2004)がそれに続き、広い見方では倉島圭「24のひとみ」(2006)や桜井のりお「みつどもえ」(2006)の方向性も近いもので、そして今作「イカ娘」だ。
「24のひとみ」はそれほど『萌え』でもないが、いずれの作品も『萌えキャラ』っぽいものをいったん出しておきながら、しかし『萌え』という感覚を撥無するところでその≪ギャグ≫を構成している。ところが「イカ娘」に関し、追ってひじょうに≪ギャグ≫が不足、ということは見たばかりだけど。

そうして「イカ娘」という作品について、いま見た2つの系譜というか文脈、『イカ系ギャグ』と『“萌え”おちょくりギャグ』との交わるところに生まれたものだということは、ここいらで言える。
しかし後者の『“萌え”おちょくりギャグ』について、≪ギャグ≫がキレなくなってしまえば、それが単なる萌えまんがに堕すのは見えたこと。かつまた「ロボこみ」のように、『“萌え”をおちょくる』という性格が濃すぎても、ちょっとまずいのかも。筆者はやぎさわ景一「ロボこみ」を崇高きわまる大傑作だとしているが、しかしそんなのはギャグまんがマニアの見方にすぎないらしく、あまり人気のあったような感じがない。

すると「みつどもえ」あたりの路線が、ギャグまんがとしても萌えまんがとしても読めるというところで、いちばんお得なようにも思えてくる。ただし『萌え』にしたって、そんなに計算通りにうけるものではない…ということも憶えてはおきながら。
そしてその「みつどもえ」が現在ブレイクしつつあるわけだが、にしても今作「イカ娘」がそれに続いて、はえある(?)アニメ化という展開は、まったく予測外のびっくりニュースだった。いろいろとおかしなキャラクターが出てくる世の中ではありつつ、まさかわれらのチン妙なるイカ娘にまで、そのチャンスが与えられるなんて。

 ――― 安部真弘「侵略!イカ娘」第1巻, 第13話より ―――
居候先の海の家、その家族と一緒に、テレビのSFパニック映画を見ているイカ娘。宇宙人が地球を侵略しているというその内容に感化され、『自分もこのように!』みたく発奮する。そこへ居候先の次女が、冷静にツッコミを入れる。
『お前のキャラじゃ パニック映画は 無理だ 出れて ファミリーアニメ』
『実写ですら ない!!』(…衝撃に涙ぐむイカ娘)

こんなお話を見ているころには、まさかほんとうにイカ娘が『ファミリーアニメ』に出ることになるなんて、まったく思いもよらなかった。ともあれそうなっちゃったからには、同じ『海産物系』の先行作「サザエさん」をブッ飛ばすくらいの大ブレイクを期待しつつ…ッ!

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