2010/10/23

田丸浩史「ラブやん」 - 「ラブやん」第14巻のエピソードから

田丸浩史「ラブやん」第14巻 
参考リンク:Wikipedia「ラブやん」

昨日発売、10月22日発の「ラブやん」最新14巻を見てひとこと、というタイムリーな記事。いや、その日にたまたま売ってるのを見つけたので、すなおに買い求めて。

まずこの作品「ラブやん」は2000年にアフタヌーンの関連誌でスタート、追って本誌に栄転し、絶賛連載中。そしてその主人公≪カズフサ君≫は、スタート時点から現在まで10年間ずっと、ロリコン・オタク・ニートというイバラの人生(?)をバク進中。作中では5~6年しか歳月が過ぎていないようだけど、にしてもすごい。

で、プロローグの第1話で、そのような彼に彼女を作ってあげようという善意の機構が発動。ラブ時空という異空間から、天使でありキューピッドである≪ラブやん≫が降臨する。
そしてご苦労にも住み込みで、ドラえもんとラムちゃんと「ああっ女神さまっ」等々を合わせたようなポジションで、ラブやんが活躍するが。…しかしこの10年間、まったくどうともなっていない!

――― 版元・講談社のサイトから、「ラブやん」の宣伝文 ―――
ロリ・オタ・プー、三重苦そろった大森カズフサの恋をイイ感じにすべく、
ラブ時空から愛の天使ラブやんがやってきたけど、結局ダメダメにというお話!

簡潔に言ったら、ただそういうこと。いったい10年間もこの人たちは、何をやっているのだろうか? まあこの作品はストーリーうんぬんじゃなく、細部を楽しむギャグまんがなので、ぜんぜんいいのだが。…にしても、ややふしぎなのでは?

1. つまり≪彼ら≫は何を求めているのか?

カズフサ君があまりに大物すぎることは別として、どうにもならない理由のひとつを言うと、ラブやんがいまいち勤勉でない。もとは超優秀な天使界のエリートだったらしいのだが、カズフサ君のペースに巻き込まれ、ダラダラといっしょに過ごしているだけになりがち。
『クライアントとの、適切な距離の取り方』。精神分析を元祖とし、そこから派生した『カウンセリング』的なことは、いずれもそれを教えているはず。そこが必ず重要な問題なのに、それをラブやんはうまくできていないようなのだ。

かつまた。ラブ時空からやってきた愛の伝道師、というところで今作は、『産めよ増やせよ地に満てよ』という、神の意思の存在を匂わせているような? そしてロリコンでオタクの人々が、それにまっこう逆らっているので矯正しなければ、という話のような感じもあるが…。
ところが愛の伝道師の方々は、不倫でも何でも男女をくっつければ『仕事』になるような、大ざっぱ&乱暴なことを言う。『うちら、宗教みたいのとは、あまり関係ないんで』とは、天使らの1ピキがどこかで言っていたことば(!)。なのでその正体が、ややつかみかねるのだった。それは、いずれ追求されることとして。

かつまた。オタクが売りのカズフサ君にしても、『二次さえあればいい、リアルの女ごとき要らんのだよキミィ!』と、そういう風に徹底はできないわけだ。ロリオタのぶんざいで彼はリアルの彼女がほしくて、しかも可能な限り『若め』なペドっ娘で…と、まったくできない相談をしかけているのだ。
それがまったくできない相談であり、しかもカズフサ君はその企図の『成功』を、さけて立ち回っている感じさえもある。そんななので、ラブやんの上司が部下の業績のなさを責めきれないのも無理はない、かも。

それこれでこの作品は、現代ニッポンにおける、カッコはよくないけどある意味ビビッドな人間像(=ロリオタニートの人)を中心とし、『つまり彼らは何を求めているのか?』を明らかにしようとしているような…そんな気配もありつつ。
そしてこの21世紀に、そっちの方々のナルシシズムをくすぐる『オタク肯定』的なまんが作品らがクソほどもあるが、これは少々異なる。『現にどうしようもなくそうである』ということを出発点にしながら、何か異なるところへ抜けようとしている人々を、今作は描いているのだ。

ところがその苦闘の中から浮き上がってくるのは、このヒーロー君のどうしようもないナルシシズムというか、単純に怠惰というか、あまりにも『想像』の世界に生きすぎというか。それらがきわめてショッキングに包み隠さず描かれ、しかもなすべきでない≪共感≫を迫ってくる(!)、そのことをギャグとしてわれわれは『受け-流す』。
今作の受容され方の特徴として、『なぜかメディアに無視されまくり』とは、よく言われることらしい。筆者は『メディア』を見ないので、そんなにまで無視されているのかどうかは知らぬ。けれどもこれが、リアルな≪痛み≫のある作品だからこそ、軽いおしゃべりの題材にはならない…ということはある感じ。

が、しかし、これは第14巻への寸評を意図して書き始めた堕文だし。拡げていると超長くなっちゃうので、以下なるべくしぼった話を心がけて!

2. オレは女の子である、オレはカワイイ!

さていきなりだが、どうしてわれらのヒーローがペドフィリアなのかというと? それの理由はひとつとは申し上げないが、まずは一種のナルシシズムなのだ、ということはある。
彼が少女らに想定している≪純真無垢≫みたいなものは、かって自分がそなえていたと思い込んでいる≪純真無垢≫なのだ。それを彼は、少女をどうにかすることによって取り戻せる、と思い込んでいるのだ。

ところがここまでの実作でも明らかなように、そんな少女の≪純真無垢≫みたいなものは、実在はしていない。そのことをきっぱり描いている点においても、今作はロリコンまんが(?)として非凡だ。
それは彼が、『あってほしい』とか『あったと考えたい』とか、思い込んでいるだけのものなのだ。そしてその幻想を捨てきれないのでカズフサ君は、いつまでも独りがってに傷ついて苦しむのだ。

で、このての幻想が捨てきれないどころか高まっていくと、さらにいろいろゆかいな≪症候≫らを、われわれは見学いたすことになる。まずは幻想の回路が短絡して、『オレは女の子である、オレは純真無垢であり、オレはカワイイ』、となる。世に『萌え』と呼ばれる趣向のコアは、ようするにそれだ。

ここから、やっと第14巻のお話になり。その第96話『追憶売ってます』(p.27)で、≪瘤浦(こぶうら)先生≫という新キャラクターがデビュー。この中年女性の催眠術師は、治療ではなくエンターテインメントとして、催眠術でお好きな夢を見せてあげる、という。任意の夢を見せるのに、それが『追憶』と呼ばれているのも意味深ぎみ。
またこのキャラクター瘤浦が、寺沢武一先生の「コブラ」から来ているものであることは確かそうなのだが。がしかし、あれのどこをどうもじったら催眠術師の中年女性になるのかは、筆者には見当がつかぬ。
それは、元ネタをあまり知らないから…? 田丸浩史先生の描くアプロプリエーション(いわゆるパロディ)は、こういうびみょうによく分からないものが多いと思うが、それはともかく。

寺沢武一「コブラ」第1巻かつ、この21世紀にどうして『催眠術』なのか? いまふつうだったらサイバースペースにジャックインしてバーチャル、みたいに描かれそうなお話が、どうして『催眠術』なのか?
…それは考えたって、どうせ分からないので考えないが。にしてもこのエピソード群の内容は、『催眠術療法は、“治療”をしていない』というわれわれ分析側の主張に、たぶんシンクロしたものではある。

で、だ。エピソードの前半、好奇心の旺盛なヒロインとヒーローは、瘤浦の施術を受けて、それぞれに希望通りの夢を愉しむ。ラブやんは『世界最強のキューピッドに』、カズフサ君は『ロリ系ハーレムのご主人さまに』、と。
が、それがひじょうによすぎたらしく、『これは麻薬みたいなもんでマズいのでは?』と彼らは危機感をいだき、『ほどほどに』とお互いをいましめあう。ところがその次の日、カズフサ君は同居人のラブやんを出し抜いて、独りで術師のところへ向かう。で、言いやがったリクエストがものすごい。

【カズフサ】 (キッパリと、)オレは猫耳 少女なんですよ
【瘤浦】 (引きながら、)………………………… はあ

長いので、続くカズフサ君の妄想トークを要約。…『それがある日、5年生の男子から一斉にコクられる。「私はみんなのアイドルだにゃー!」と言ってごまかすも、皆もうたかぶっちゃって、もろびとこぞりて俺に襲いかかってくる』…。

【カズフサ】 無垢な おちんちんランドと 猫耳美少女・俺… こんな方向で!!

はい出ました、キーワード≪無垢≫! そして瘤浦が、この理解を超えすぎたリクエストを『あたしに 任せな!!!』と、ともかくも引き受ける、その態度がいいんだか悪いんだか…。
そして気づきたくもなかったことだが、この第14巻のカバーを飾っているネコ耳少女。どういう新キャラクターかと思ったらそれは、このときのカズフサ君の自己イメージに他ならぬものなのだった。いやぁ~!!

3. まだしも『ふつう』のロリコンの方が?

で、このあたりでラブやんはいっぱい喰わされたことに気づき、急いで瘤浦のもとに向かう。そして彼女がたどりついたとき、カズフサ君は施術用のベッドの上で四つん這いで、全身を突っ張ってへんな汗をかきガクガクとふるえながら、心は向こう側の世界で、そしてこんなことを言ってやがる。

【カズフサ】 にっ 人間の交尾は 激しいニャ―――ッ!!!
(急にぐりんっと振り向き、)そっ そこは チガウ穴ニャ~~~ッ!!!

≪ギャグ≫とは“必ず”ショッキングなものとはいえども、ずいぶん超えたことが、ここで描かれているのだった。そして筆者だったらそのまま帰っちゃうような場面だが、しかしわれらの誠実なヒロインは、りちぎにもカズフサ君を叩き起こしてツッコむ。

【ラブやん】 (きっ、と指さして、)オマエは 潜在的に ホモよ!!

ところがカズフサ君はしれっとして、恥ずるところがまったくないようだ。かつ、ラブやんによる彼への分析は、いつもこのようにキレがないし実効性がない。いままで彼たちがどうにもなっていないのは、そのせいもある気配。
そしてラブやんが、『何で女の子になる 夢を見てたの?』と問えば、カズフサ君はこう答えるのだった(p.43)。

【カズフサ】 女の子が好きと いう考えを一歩 おし進めたまで!!
女の子が好き 女の子がほしい 女の子になりたい
これはごく自然な 思考の流れ ではなかろうか?

なあ~るほど。このカズフサ君の弁明によって、こんにちのオタク界における『男の娘』やら『TS(トランスセクシュアル)』やらの流行が、きれいに説明されるし。また「けいおん!」やら何やら、女の子らがじゃれているだけのおまんがをロリオタの方々がご愛読なさっていること、それもさくりと説明される。

で、別にいい。ある種の人々がそんな『想像』にふけることは、かかわりなき者らにはいちおう無害なので、別にいい。ただキモいだけで。
だがしかし、われらのヒロインはりっぱな関係者だし。そして彼女がカズフサ君についている理由は、彼にリアルの彼女を作ってあげるためだったような話だ!
無意識に女の子である段階をも通りこし、意識的にまで女の子であるような男子。それの彼女に、いったい誰がなるのだろうか? これではふつうのロリコンの方が、まだしも何とかなりそうなのではッ?

いやはや。このシリーズの第何巻だったか、そのヒーローが『かわいければ、おちんちんのついている生き物も、等しくいとおしいと思えるようになった』、などと言い出したころから、『これはヤバげ!』とは思っていたけれど。
それがもう、1年とか2年とかも以前に見たお話で。それからわれらのヒーローは、きわめて順調に、その≪症候≫の深まりをきたしているのだった。

4. 性交は、不可能かつ不可避!

そうしてさいごに、同じ第14巻から、瘤浦の夢操作のお話を、もうひとつ見ておくと(第99話『刑事長』, p.87)。
またしてもラブやんに黙って、瘤浦の術を受けに行くカズフサ君。そこでラブやんは、『戦わなくちゃ 現実と!!』と気合いを入れながら、それをとっちめに向かう。
ところが少々ようすが違っていて、このたびのカズフサ君はやすらかにベッドに仰臥しており、そして寝言に『ん――…… ラブやん……』とつぶやく。

そこで彼女はカズフサ君が、自分とラヴラヴな夢でも見ているのでは、と考える。それを彼女は、不快には思わない(…天使だけに、心が広いので!)。
だから起こすのも何だと考え、瘤浦と話していると、『彼の見ている夢の世界に入っていくのも可能』のように、術師はすごいことを言い出す。そしてラブやんも眠りにつき、カズフサ君の夢の世界にわけいってみれば…。

以下ちょっと、こんなところでネタを明かしては悪いようにも思うので、未読の方々には各自のご配慮をお願いいたしつつ。

こんどの夢ではカズフサ君が有能らしきデカ長であり、ラブやんはそれを慕う部下、という設定。ただしラブやんは、現実よりもかなり幼くプチっぽい姿。
そして、悪いやつに取っ捕まっちゃっている2人。プチラブやんはイスの上に縛り上げられ、そしてデカ長のカズフサ君は、その目の前で、覆面に半裸の悪人によって、四つん這いで背後からホモ行為を強いられている。

【悪人】 フワーッハッハッハッ
自分を慕う部下の前で やおい穴を汚される のは どうだ!?
【プチラブやん】 いや――っ 刑事長ォ――ッ!!
【カズフサ】 ウオオオン 見るなッ 見るな あああああッ!!

この光景を見てしまったラブやんは、そのあまりな衝撃性に、『おわ――ッ!?』と叫んで目ざめる。そしてやや落ち着いてから、『コイツの性癖が 益々わかんなく なりました』…と、瘤浦に向けてつぶやく(第99話・完)。

で、思うことはいろいろあれども…(註・やおい穴は、BL用語としての肛門)。

まずは≪無垢≫というモチーフがキープされたいのでカズフサ君は、夢の中でもプチラブやんと、ふつうのそれをいたすことができない。だから代わりに悪人が登場して、性交的なことを一方的に遂行してくれる。
かつまた、プチラブやんと自分とを(無意識の過程で)天びんにかけた上で、自分が犯される側に廻っている。これの理由もいろいろ考えられるけれど、彼としてはこのお話の中で、プチラブやんの≪無垢≫を守りたかったのでは?
(またあるいは、シンプルに。…ただカズフサ君が肛門性交に興味しんしんだったので、都合よくそれを強いられる、というお話になっているのかも知れない)

かつまた、『見るな!』と言っているのが、『ぜひ見てくれ!』の言い換えであることも明らか。そしてこの『汚される』というモチーフが、現在のカズフサ君が自覚する『無垢でなさ』、その説明になっている。
『なぜか自分は、もはや無垢ではない!』という≪外傷≫的な自覚に、そこで想像上の理由がついているのだ。彼がかってに無垢でなくなったのでは『ない』と、それをカズフサ君は見届けてもらいたいのだ。

どうであれ、ここでカズフサ君の想念の中に、『性交は不可能であり、かつ性交は不可避である』というテーゼがきざしている。不可能なので、彼はプチラブやんとそれをいたさない。不可避なので、悪人が代わってそれを遂行する。

それこれで、いったんの結論。ようするに彼らが分かっていないのは、『望んでもいない願いをかなえようとし、ぜったいにできはしない相談にはげんでいる』という、状況の全般のおかしさなのだ。それが分からないばかりに、こっち側で10年、お話の中で5~6年も、彼たちの無為にして≪外傷≫的なるドタバタが、延々と続いているのだ。
しかし見ている分には面白いので、いっこうに構わないのだけれど…ッ!? というところで、この記事は終わり。次の機会には、ヒロインの側に注目したお話を、おそらく!

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