2010/10/25

水口尚樹「地底少年チャッピー」 - 地底人だけに、暗黒の微笑をたたえ

水口尚樹「地底少年チャッピー」第1巻 
参考リンク:Wikipedia「地底少年チャッピー」

「地底少年チャッピー」は、2006年に週刊少年サンデー掲載のギャグまんが。単行本は少年サンデーコミックスより、全3巻。

たぶん版元の方から出たあらすじによると、それはこんなお話。

高校二年の女の子、土屋ミヤコの前に突然現われたちっちゃな少年と、その子よりもっとちっちゃな美形の男はなんと地底人だった!! 漫画家『水口尚樹』が描く地表観察日記ギャグ、ここに開幕!!

それはまあそうなんだが、しかしそのどこらに見どころがあるかというと?

1. 穴があったら入りたくて!!

お話の始まり方は、こう。ある晩、ミヤコの家の庭の土中から、ボコッと浮上した地底少年チャッピーくん。大きなひとみと、くるるんうずまき型の前髪がチャーミー。
それが胴体には、何か真っ赤なヨロイ的なものを着込んでおり。そして肩にはトゲトゲの武装、腕と足はボーダーという、びみょうにはおしゃれかも?…というスタイルで登場。
そしてこの少年が、空を見上げて、はればれと『暗く湿った 地底と違って 眩しいやぁ!』と言う。そこへミヤコが、『夜なんですけど』と突っ込む(第1巻. p.9)。

追って分かるのだが、地底人が地上に達することは、地上人だったら宇宙に行くぐらいの大冒険らしいのだ。そこらを真に受けると、『夜空がまぶしい』はなっとくいく。
そしてチャッピーくんは『この景色を、地底の祖父にも見せたかった…。けれど、もう祖父は…』などと、思わせぶりなことを言う。ずっと引いていたミヤコは、そこではじめて相手の側に心を動かす。

【ミヤコ】 え… ま まさか おじいさん…
【チャッピー】 あ すいません… 地底人 だけに…
湿っぽい 話して。(超どアップ、とくい満面!)
【ミヤコ】 (モノローグ)コ…コイツ まさか、それを 言うために?

『地底人だけに、話が湿っぽい』、『地底人だけに、発想が超ネガティブ』。これらを言うため『だけ』にチャッピーくんは、地上に現れたようなものなのだった。するとその存在は、いわゆる『出オチ』的。このまんが全3巻、追ってだんだん苦しまぎれのようなお話が目立ってくるが、それもそのはずなのでは。

そして、そこらに注目すると。これの単行本・各巻の裏表紙に2コマまんがが載っていて、それが手っ取り早く、今作のテイストを伝えてくれそうな気が?
それはほんとうは、英語・ヒンディー語(?)・中国語の対訳まんがなのだが、その日本語の部分だけ、ささっとご紹介いたせば。

――― 水口尚樹「地底少年チャッピー」第1巻, 裏表紙より ―――
【ミヤコ】 (読者に向かって、)私はヒロインのミヤコです。
そしてこちらが主人公の…
【チャッピー】 (土中から顔だけ出して、)やめてよ、主人公だなんて…
地底人だけに恥ずかしくて穴があったら入りたくなる!!

――― 水口尚樹「地底少年チャッピー」第2巻, 裏表紙より ―――
【チャッピー】 (食事中のミヤコに、)地底人として大事な質問があるんだけど…
カレー味の土と、土味のカレーとどっちが… ねぇ、ちょっと聞いてる!?

――― 水口尚樹「地底少年チャッピー」第3巻, 裏表紙より ―――
【チャッピー】 (スペイシーなお姿の人物を紹介、)地底人だけに
土星人と知り合いになったよ!!
【ミヤコ】 スゴーイ!! 何かアンタよりずっとしっかりしてそうね!!
【土星人】 いきなりですけど脱糞しまーす。
【チャッピー】 それが土星人だけにさらに輪をかけたバカなんだ!!

ちなみにミヤコの名字が『土屋』だったわけなので、彼女が今作のヒロインになってしまったことにも、まあ必然性が…たぶん!
そしてこれらを見ると、こういう2コマとか4コマの形式の方が、今作は面白くなったような気もしてくる。いつも筆者は水口尚樹先生のお作につき、『いいところはいいんだけど、構成がややゆるいのでは?』と感じている。

2. 悪夢、終わらない悪夢!

さてだ。面白げなパートをご紹介いたした後だから、申し上げるけど。今作こと「地底少年チャッピー」には、ひじょうに不気味で怖いお話、と受けとれる面がある。
端的に申してしまえば、この作品で言われる『地底』とは、死者の世界なのだ。何しろ今作は、始まり方からしてハイパーだ。

第1話の冒頭でミヤコは、かわいがっていた金魚のチャッピー、それが死んでしまったので葬ろうとして、涙をこらえながら庭に穴を掘っている。そうするとシャベルの先に、何だか『ガッ』と当たるものがある。
それが、チャッピーくんだった。ミヤコのシャベルは、彼のかぶっていたガラスのヘルメットを貫通し、例のうずまきの部分に刺さってしまう。ヘルメットはこなごなに砕け散り、そしてチャッピーくんのおでこから、『フバァァァ』と血が噴き出る。それでびっくりして、ミヤコは『キィヤアァァ――!!』と叫ぶ(第1巻, p.7)。

と、ひじょうにショッキングに今作は始まっているのだ。ところがその血がすぐに止まって傷が治ってしまったので、ミヤコは相手を尋常でないとさとる。
それから場面は、さきの地底ギャグ初ご披露シーンに。それが決まったので気をよくしてか、彼はちょっと態度を変えてきて、『お姉さん名前 何ていうの? 僕の名前はチャッピー!!』と、さわやかに自己紹介。
ところが、なぞの少年が≪チャッピー≫を名のるのが、またミヤコにはショッキングなのだ。

【ミヤコ】 何でアンタが チャッピー なのよ!?
(地面へと視線を走らせ、)チャッピーは 私の金魚… あれ!?
【チャッピー】 (足の裏に貼りついた“もの”に気づき、)ん、何だ これは?
【ミヤコ】 いやああああぁぁ!!!

ここでミヤコは、気を失ってしまう。われわれの見方だとこの展開は、人が悪夢からさめる瞬間を思わせる。わりときれいに、そのふんいきが再現されている。
そして直後のシーン、あたかもそれだったかのように、ミヤコは自室のベッドの上で目ざめる。それから彼女が階下へ向かうと、ダイニングキッチンではミヤコの両親が、チャッピーくんを交えて楽しく朝食を摂っている(!)。
ここでチャッピーくんの地底ギャグが、またジットリとさえやがる。悪夢は、終わらないのだ。われらが地底人のチャッピーくんは、死んだ金魚のチャッピーの転生…という感じもしないが、しかし何かみょうに関係ありげなものとして、入れ替わりに『地底』から登場してきたのだった。

ではこの第1話を、いちおうさいごまで見ておくと。

追って両親がへいきでチャッピーくんを引き取ろうと言い出すので、不ゆかいでミヤコは家を飛び出す。ところが路上でヤクザの人に激突してしまい、からまれそうなふんいきに。
そこへチャッピーくんが追いついて、『友達だから』助けようみたいな展開へ。すると死んだチャッピーの祖父が回想として登場し、そしてへいきで場面に割り込んでくる(!)。

…で、中国拳法の必殺わざ『竜の拳』に、地底人テイストを加えた『“土”竜(もぐら)の拳』というものが、まったくの不発に終わった後。危機一髪のチャッピーくん、そのおでこのうずまきのあたりが、『ゴオオオ』と輝き出す!
まばゆさに目がくらんだ後、その光がやんだら、さきのおヤクザさんがいない。どうしたのかと聞いてみたら、チャッピーとその死んだ祖父はそろって『ナイショ♥』のポーズをとって、『オフレコで』と、答にならない答を返すのだった(p.26)。

3. ≪うずまき≫の、謎と神秘…!

伊藤潤二「うずまき」第1巻そういえば先日、自分は伊藤潤二先生の「うずまき」(1998)というお作を読んだ。これがご存じのように、すさまじく『悪夢』的な衝撃ホラー作品だが。
そしてチャッピーくんのおでこのうずまきは、潤二先生の描くそれと等価なのだ。そのいずれもが≪死≫とか≪虚無≫とかへ通じる回路を示す記号であり、それが一方で『ホラー』、また一方で『ギャグ』として描かれているのだ。
「うずまき」第1巻(スピリッツ怪奇コミックス)の巻末あとがきに、うずまきの謎と神秘を解明しようとし、潤二先生がナルト巻きやサザエらを食しまくったようなお話が、コミカルに描かれている。…これだ。潤二先生の描き方はほほえましくも不器用だが、同じ≪不条理≫が扱い方しだいで、ホラーにもギャグにもなるわけなのだ。
(余談だがそうなので、ギャグに並んでホラー作品は、筆者にとってまんが界の最重要なジャンル!)

と、ひじょうにイヤなイベントだったにしろ、彼に借りを作ってしまったミヤコ。追ってその夜、こうなったらチャッピーくんが家にいてもいいと言うと、意外に彼は『いや、もういいや』と、逆にそれを断ってくる(!)。
放っておけば出しゃばってくるのに、こっちが押していけば引くという、『地底人だけにネガティブ』現象の発動なのだ。けれどもどっかへ行ってしまうのかと思ったらチャッピーくんは、いつの間にか土屋家の庭先に彼のマイホームを建てていて、そこへ居つきやがるのだった(第1話・完)。

と、このように、あざやかな≪不条理≫を描いて始まった、このお話。かわいい顔して死の世界から、湿っぽくもネガティブな言動をしにきたチャッピーくん、土中から顔だけ出てるヒーローという、ざらにはない絵図を描いたもの。
その全編が超面白まみれと言ってはうそになりそうだが、しかしひじょうに忘れがたい作品ではあるのだった。いずれまた、そのいいところを見ていきたいと考えながら、いまはこのへんで!

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