参考リンク:Wikipedia「主将!! 地院家若美」
「主将!! 地院家若美」は2005年からマガジンSPECIAL掲載中の、格闘系お耽美ギャグまんが。ヘラクレスのような肉体美、そして武術の達人で万能の天才、しかもマスクは平安貴族っぽい美青年のヒーロー≪地院家若美(ちいんけ・わかみ)≫、その大活躍を描く。単行本は、KC少年マガジン・第9巻まで既刊。
ところでこのヒーロー、その名前を『逆から読んではいけない』。さいしょから秘密でも何でもないのだが、われらのすばらしすぎるヒーロー・若美は、実は男を愛する男、おホモでお耽美な人なのだった。
で、彼が、ある高校の柔道部の主将としてさいしょに登場するのだが。しかしほんとう言ったら講道館式の柔道なんて、超達人の若美にとっては、じゃれあいもいいところなのだ。だが『むしろ』そこがよくて、彼は学園の美少年たちとネチネチ激しくじゃれあいたいがために、それをつとめているのだった。
1. 地院家若美 -と- 若鳥くん
さて、≪決定不可能性≫というべんりなホメことば(?)があるが、若美に関してはぜんぶがそれだ。すなわち若美は、美少年らの若肌をむさぼりたいがため『だけ』で、柔道部の主将をつとめているようにも見える。ところが少年たちは、ひじょうにイヤだが若美と肌を合わせることで、イヤでも強くたくましくなっていく。
単なる下心で若美がそれをしているのか、それともびみょうには崇高な意思にもとづいての行動なのか、そこが誰にも分からない。かつ、彼たちの高めている力が、『正しさ』に向かっているものなのかどうかが、どうにも判断しづらい。
ゆえに、『どうしようもない悪質な変質者』と、『美と力と正義をあわせそなえた大ヒーロー』との間で、若美のイメージは揺れ続ける。そもそも若美が、男子に対してド淫乱でありつつ、一方で女性をしりぞけてやまないところが『超ストイック』、とも考えられうる(!)。
で、どう見るべきなのか?…という≪決定不可能性≫を現前させることが、まず今作の演出している≪ギャグ≫だ。
このシリーズの第1話『LOVE & JUDO』の巻が、いきなりその特徴を表してあますところがない。Wヒーローの一方とも見られる1年生≪若鳥くん≫が、まずはひ弱で女性っぽい美少年として登場。そして通学電車の中で、不良カップルからインネンつけられているところを、カッコよく若美が救う。
そのさいに若美は、逆ギレしてケンカを売ってきた大男を軽く片手ですっ飛ばして、『情けないわね‥‥ 日本のモラルは どこに行ったの?』と、またカッコいいことを言う(第1巻, p.8)。そしてお礼を述べる若鳥くんに、こう告げる。
【若美】 もっと自分を 輝かせたかったら 柔道部へいらっしゃい‥
美しく‥‥強く してあげるわよ トラブルすら 楽しめるほどに‥
男でありながら紅をひいた唇を、妖し~く輝かせながら、若美はそれを言ったのだ。で、若鳥くんは、明らかに相手がハイパーだとは分かっておりつつも、その引力に巻き込まれてしまうのだった。
で、うかつにも柔道部に入ってしまった若鳥くんが、若美から超おホモっぽい特訓を連日受けまくることは、まったく正当きわまる展開として。かつまた全編に言えることだが、若美の行動様式として『トラブル“すら” 楽しめる』というより、むしろ愉しむために“こそ”、大小もろもろのトラブルを、彼はそこら中に起こしまくるのだ。
2. ≪肉体の門≫のあっちとこっち、少年 -と- “男”
が、きびしくも変質的であり、そして基礎的な特訓ばかりが続く中、やがて若鳥くんは、主将の真意に疑いをきたし始めてしまう。単なる肉欲なのか、ちゃんと技を教える気があるのか…クツを飛ばしてその表裏で、彼はそれを占おうとする。
ところが若鳥くんのクツは、つま先を上にして直立。それで判断しかねていると、冒頭の不良らがそこへ登場。こんどは、不良グループの下っぱになれ、と勧誘してくる。
そして若美を『オカマ野郎』とののしり、『あんなキモイ奴』よりも自分らとつきあえ、と言うのだった。そこで若鳥くんは、初めてブチ切れる。
【若鳥】 (さいしょは低く、)ふざけるな‥
姑息で汚い オマエらより 若美先輩の方が 断然美しいぜ!!
するととうぜん、短気な大男が怒って突っかかってくる。それでひるみかけた若鳥くんに、もの陰から若美が『肉体の門!!』と声をかける。≪肉体の門≫とは主将が若鳥くんに課した、空中股裂き責め的な、超過酷&ホモっぽい特訓の呼称だ。
その特訓でつちかった柔軟性と体力を活かし、若鳥くんは不良の攻撃をいなして、さらにはきれいな一本背負いで倒してしまう。習ったこともない、特訓の合い間に見ていただけの大技で。
そして投げが決まった瞬間、その衝撃で、さきに飛ばした彼のクツが表を上にして倒れる。そこで占いの結果は、肉欲ではなく『技』と出たのだ。
そして、それこれの間に不良の仲間ども全員を軽く凌辱しつくしていた若美は、『“男”になったわね‥』と、若鳥くんの勝利をたたえる。『体さえできていれば 技は(おのずと)できるのよ』。
ここでまた若鳥くんも、まずは肉体ばかりを激しくアレしまくっていた主将の指導、その真意を理解する。ここらで美しく、シリーズの第1話がまとまっているわけだが…。
しかし! そうかといって若美が少年たちに、ホモっぽいおたわむれを仕掛けまくっていないかというと、まったくそんなわけがない! クツの占いが『技』と出たのは、あくまでも『その場での』、その瞬間の答だ。
いちばんさいしょの『直立』という状態が正しい答であり、つまりは両方なのだ。ちょっと前、占いシーンの直前のところを見ると。
【若鳥】 主将‥実は あなたは‥‥ ボクをオモチャにして
遊んでるだけなんじゃ ないですか?
【若美】 (血相を変えてきびしく、)若鳥―――!!
(あっさりと表情を崩して、)その通りよん♥
(ズッコケている若鳥くんに、)というのは 半分冗談で
【若鳥】 半分!?
半分冗談、半分本気、すなわち両方。そして若鳥くんにしろわれわれにしろ、なぜかその『両方である』という答を受けいれがたいのだ。
半分下劣で半分は崇高、美と醜悪の両方のきわみ、英知と愚劣のアマルガム、超プラスにして超マイナス。そして、おネエの美青年でありつつ強じんなるマッチョ。万事においての『両方』である若美という人物に、若鳥くんもわれわれも魅かれまくりながら、しかしその受けいれ方で大いに困るのだ。
3. 『少年愛』の、美学 -と- フィロソフィー
ところでまたアレを申すけど、ラカンの理論で言われる≪ファルス≫という概念は、まさにさっき見た『直立したクツ』に等しい。それはまず『勃起したペニスを象徴する記号』でありつつ、あわせてその含意として、一方では性欲のたけりを表し、また一方では理性・秩序・正義などを表す。つまり、『両方である』。
かつその≪ファルス≫とは、人間らや事物らの縦横のつながりを可能とする記号、『-と-』に等しいものでもある。主将である若美と若鳥くんは、一方では性欲、また一方ではもろもろの指導や教育、両方でつながってしまっている。
さて筆者は、ソクラテスもプラトンもおホモであったと言われる、あのあたりの事情をよく知らないのだが。が、若美と若鳥くんとの関係は、たとえばそれ的なものという感じがある。
いまざっと調べてみたが、古代ギリシャで『教育』とは、ホモ行為と抱き合わせになされるものだったらしい(!)。だからというのか、びっくりなことに、同じ世代の男性同士は、そういう風にならないのがふつうだったらしい。
で、上の世代から下へ、知識&性知識が伝わったらしいのだった。そうした古代的な『少年愛』を、こんにちのホモセクシュアルとは別のもの、と見る考え方もあるようだ。
そういえば若美にしても、美少年らに対してぜんぜん見さかいがないというわけではなく、タメ年らしき相手には、あまり熱心に何かをしない。そしてここまで「地院家若美」の第1話を見てくると、そうした『少年愛』のシステムにふつごうなどは、ぜんぜんないような気もしてくるのが、何とも恐ろしいところだ!
それこれによって、若鳥くん(&われわれ)から見ての若美は、超変質者と理想的ヒーローとの間を揺れ動き続ける。ただのヘンタイかと思えば超りっぱなことをするし言うし、まともかと思えばはためいわくの限りをつくす。
かつまた。その既刊分をず~っと見ていると、若美は万事に死ぬほど強いのかと思ったら、意外な局面でわりとあっさり負ける(反則負けを含む)。また、ふだんはいわゆる『攻め』を演じているが、ほんとうは『受け』の方がウェルカムらしい。
そしてそれこれの意外性が、いちいち強烈な方面に傾くことが、今作の演出している≪ギャグ≫だ。さきのお話で若鳥くんは、クズどもによって主将を侮辱されて『ふざけんな!!』と怒った。それはもっともで、ひじょうに共感できるところだが。
がしかし別の人物が現れて、若美を『すばらしい!』とホメあげたら? 『でもあの人は、変質者ですよ!!』と、若鳥くんは正反対の反応に出るのではないだろうか? …われらが見ている地院家若美とは、そのような両義性をきわめたヒーローなのだ(続く)。
なんと言う名文!地院家解説でここまでひざを打ったのは初めてです。
返信削除匿名さん(笑)、ありがとうございます! もう3年間くらい頭のすみっこでずっと考えていたことを、やっと文章にしつつあるところなのです。
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