2010/10/05

氏家ト全「女子大生家庭教師 濱中アイ」 - 生徒と教師をつなぐ『もの』とは?

氏家ト全「女子大生家庭教師 濱中アイ」第1巻 
関連記事:ラベル“氏家ト全”

「女子大生家庭教師 濱中アイ」は、ヤングマガジンの4コマ「妹は思春期」(2000)でデビューした氏家ト全が、追って2003年より、並行して週刊少年マガジンに掲載していたショート作品(基本8ページ単位)。単行本はKC少年マガジン、全6巻。
で、どういうお話なのか、アマゾンに出ていた第1巻の『内容説明』を引用すると。

『ヤル気はあるけど、ちょっとズレてるアイ先生の楽しい授業♥
中学1年生のマサヒコの家に家庭教師がやってきた。セクシー&エロ系に見えた彼女の正体は、異性との付き合いすら経験のない純情なる女子大生。「思春期の少年=エロス」と勘違いし、実直にエロによる教育指導をしようとするアイだけど‥‥!? 密室空間的異色ショートGAG!!』

気づいた人はするどいが(?)、文中に少年マガジン特有の『‥』(2点リーダー)が出ているので、これはもともとは『公式』の宣伝文っぽい。って、そんなこたどうでもいいけど!

で、筆者はこれの最後の方、単行本だと第5巻の途中あたりから最終回までは、掲載誌で見ていた。自分にとっては、初めての氏家ト全作品として。それは2005年ごろのことで、当時の筆者は、そんなにはギャグまんがマニアではなかった。
そしてその見始めのころは、『はあ? お話の趣旨が、よくわからねえ!』と感じていたのだ。途中からでは、いまいちふんいきがつかめなかった。

当時のお話がどうだったかというと、まずヒーローのマサ君がやたらと女性らに囲まれて、ハーレム環境でぬくぬくと受験勉強していやがる。ちっくしょう、どうしてそんなにハーレム状態なのか…って、最初から読むと、そんなには突飛な展開でもないのだが。がしかし、その最終状態をいきなり見たら、ひじょうにふかしぎで不可解だったのだ。

そして、その時期。イヤな意味で安定していたころの「濱中アイ」のお話の運び方は、ほぼこんな感じ。
…まず最初に、ツカミとして軽めの下ネタが出る。それからその回のイベントが始まり、そして『学業とは?』、『人生とは?』、のようなまともげな話題、『ちょっといい話』みたいのが少々展開される。かと思ったら、さいごに大き~な下ネタがドカンとさくれつして、強引にも閉幕!

書いてて自分で、『そんな作品ってあるの?』、という気がしてきた。そこでひとつのお話を、かんたんにご紹介しとくと…(第5巻, 第100話)。

マサ君と同級生の女子3人、そして『女子大生家庭教師』の2匹が連れだって、マサヒコの志望校の学園祭にお出かけ。そこでマサ君は、模擬店のお姉さんに、『どういうハーレムのご主人!?』などと、まずはショックを与えたりしつつ(=ライトな下ネタ)。
それから人物たちがバラけて、マサ君はアイ先生と2ショット行動へ。いろいろと愉しんだ後で一休みしていると、マサ君が『逆に』ブルーになって、受験への不安を打ち明ける。そこでアイ先生は、マサ君の甘えを少々たしなめた上で、『でも 支えることは できるから』、『(何かのときは)いつでも 相談に乗るから』と、温かくはげましてくれる(=ちょっといい話)。
と、そうしてこの師弟がいい感じになったところを、変質的な方の女子大生≪リョーコ≫たちが、茂みの陰から覗いていた。さらには、デジカメで盗撮まで!

 【リョーコ】 あー 残念 見つかった もう少しで本番 拝めそうだった のにぃー
 【マサヒコ】 するか!!
 【リョーコ】 いつでも 乗ってあげる なんて♥
 【アイ】 マサヒコ君に乗るなんて 言ってません!!

などと騒いでいるところへ、連れの少女たちも集まってくる。そして彼女らが、いま撮られたデジカメの画像を見ると…。
喰いしんぼうなアイ先生のくわえていた、模擬店のジャンボフランクが、まるでマサ君の股間から生えている『もの』かのように写っているのだった(大ゴマで)。それで少女らはショックをこうむり、『超卑猥!!』等々と叫ぶ(=メイン下ネタのさくれつ)。しかしわれらのヒーローには、何がヒワイなのかさっぱり分からない(完)。

というこの第100話のサブタイトルが、『生徒と教師を繋ぐ腸詰め』。ああもう…。

すると、分かることは。人がまったく何でもない行為をしていても、他人らはそれをエロ行為かのように見るやもしれない、それが大いにありうる、ということだ。問答無用で『人間たちをエロ存在として見る』、というまなざしが遍在しているのだ。
そうなのでわれらのマサ君は、誰か女子とからんでいれば、当然『そのように』見られてしまう。そうかといって独りでいれば、自家発電ハッスル中かのように見られてしまう。そして今作の中には描かれていないけど、もしも男子と過ごしていれば『ボーイズラヴ!』と見られてしまうだろう。出口なしで、彼(とわれわれ)は、そのようなエロ偏見にさらされている。



で、もともと今作「女子大生家庭教師 濱中アイ」は、ヒロインのアイ先生が、『思春期の少年はエロのかたまり!』という先入観をもってマサ君に接しようとする、というところから始まっている。それを前提にアイ先生はエロ家庭教師を演じ、そこでマサ君を動機づけようとするけれど、しかし超カラ廻り…という喜劇から。
そのおかしな作戦を吹き込んだのが、大学とカテキョと両方でアイの先輩のリョーコなのだが。…しかしけっきょくは“誰も”が、リョーコの曲がった観念によって、『毒されて』しまうのだ。
(今作中の用語で、知らなくてもぜんぜんいいようなエロ知識を身につけてしまうことを、『毒される』と表現する)

いやむしろ、リョーコが出てくる以前にも、たっぷりと毒されている。マサ君の同級生で幼なじみの≪ミサキ≫は、今作とくいのしょうもなき『見立て』系のイベントによって、アイ先生を『淫らな行為で 生徒を操る 卑猥な女教師』、と思い込む(第1巻, p.56)。つまり、リョーコの立てた作戦は、目標のマサ君を飛び越して、そこで無用なる大成功をとげている。
そして別に言いたくはないのだが、アイ先生がどうこう以前にも、品行方正な秀才少女のミサキの中にさえ、≪淫ら≫で≪卑猥≫きわまる想念らが存在しているのだ。そして今作がショッキングなのは、行為の以前にエロ観念たちが、すでに人間らを…けがれなさそうな少女と少年たちをさえも毒しきっている、それをきっぱりと描いているからだ。

だから今作は、エッチっぽいギャグまんがの先行作、永井豪「ハレンチ学園」(1968)や山上たつひこ「がきデカ」(1974)らとは、基本的構造がまったく異なっている。新しい! 先行作らがスケベな少年たちのスケベな行動を描くものだったのに対し、マサ君は何でもないことしかしていないのに、『もうっエッチなんだから♥』、さもなくば『おさかんねえ♥』、と、いわれなき非難や『理解』をこうむってしまうのだ。
特にその、『理解』や『容認』というのが『逆に』、ショッキングなところだ。すなわち、非難に対しては申し開きのチャンスもあろうけれど、しかし『理解』や『容認』は、向こうの側で一方的に完結しちゃっているのだから…!

 『享楽せよ(Jouis!)、という命令がある。
 それに対して主体は、私は聞いている(J'ouis)、とだけ答える』(by ジャック・ラカン)

また別の言い方をすると。今作の直接的な先行作を、かの上村純子による崇高さをきわめた大傑作「ルナ先生」サーガとする。そしてアイ先生はある意味で、ルナ先生を≪反復≫しようとして、そして大失敗をとげる。
われらが永遠のマドンナである「ルナ先生」について、かんたんに言い切ることはしたくないが、けれどいちおう、『生徒がスケベなガキなので、あえて自分を曲げて、エロい手法で教育を実行している』、と見ておこう。ところが、リョーコが吹き込んだ観念に毒されたアイ先生は、曲げたつもりで自分を曲げていないかもしれないし、かつ、むしろ生徒の側を曲げようとしているようにさえ見えるのだ。

そして今作「女子大生家庭教師 濱中アイ」が描いているのは、そうしてエロい方へと人を曲げようとする『圧力』、人々を毒していく『何か』、その存在であり遍在なのだ。人はひとりでにエロくなるのではない、『何か』が人をエロくしていくのだ。
で、その『何か』とは何か、ジャック・ラカンは『シニフィアン(おかしな記号)の作用なのである』と宣言したのだが、まあそれは別によいとして。

そうして筆者が、こんにちのようなギャグまんがマニアになってしまったのは、何とこの「女子大生家庭教師 濱中アイ」という作品との出遭い(そこね)があったから…ということを、書いてきて思い出した。『21世紀のギャグまんがには、かってなかったような深みや新鮮味があるのやも?』、という気がしてきたのは、このばからし~い作品に出遭(いそこな)ってしまったからなのだった。
だからこの堕文もかんたんには終わりたくなくて(!)、申しわけないが『続く』のマークを打たせていただく。追って次の記事では、われらがアイ先生のキャラクター論をちょこっと展開させていただくだろう。では皆さま、シーユー・レイター、アリゲーター!



ちょっと、おことわり。≪下ネタ≫という語は、本来は『スカトロ』のこと。その一方の『エッチな笑い』を、トラディショナルな日本語では≪艶笑≫という。それは知っているけれど。
そうだけど、いまはスカトロと艶笑がいっしょくたに≪下ネタ≫と呼ばれており。そして艶笑なんてことばは、もはやおじいちゃんらしか使わない。われわれが見ている作品らの中でも『下ネタ=艶笑(+スカトロ)』という意味なので、もはや自分は、この流れに逆らわない。

0 件のコメント:

コメントを投稿