2010/10/25

藤波俊彦「Only You -ビバ! キャバクラ-」 - 虚栄の闇市・偽れる盛装!

藤波俊彦「Only You -ビバ! キャバクラ-」第1巻 
参考リンク:扶桑社

藤波俊彦先生のご創作として、たぶんここまでもっともポピュラーかと思われる作品が、この「Only You -ビバ! キャバクラ-」。奥付けの表記では「Only♥You」と、題名中にハートマークあり。1997~99年あたりSPA!に掲載、単行本はSPA! comicsとして全6巻。

これがどういうお話かって、参考リンク先の版元・扶桑社のサイトによれば…。

『ビバ! キャバクラ、そこには夢・希望・快楽のすべてがある
日本に一大キャバクラブームを巻き起こし、TVアニメ化もされた藤波俊彦氏の人気マンガ』

…だそうですよ? この妙ちきりんなおまんが作品が、『日本に一大キャバクラブームを巻き起こし』た? …すごい! 偉業!
筆者から補足すると、藤波センセ特有のくどいアメコミ調、そして不条理とか下ネタとかの要素もなくはないが、しかし今作は、わりと『あるようなお話』になっている。だんだんとふつうのリーマンコメディになっているのが、ギャグまんがとしたらもの足りなくもありつつ。

1. これがおとなの学習まんが?

ところでなんだが、いいトシして申しわけない気もするけれど、今作に描かれたような夜の世界を筆者は、ほとんど実地には知らない。
思い起こせば、ほぼ唯一…。大学を出た直後、悪友に連れられて銀座のバニーちゃんたちが水割りを作ってくれる店に行ったことがあるが。しかし奇妙な後ろめたさに襲われて、まったく愉しめなかった。そもそも筆者は飲酒をしないので、そのての世界にうといのも道理ではありつつ。
そこで今作は、オレとかの知らざるキャバクラの、システムやサービス内容やその裏面等々をみっちりと教えてくれる、オトナが言う≪社会勉強≫の一環的な側面あり。ひょっとしたら、実地で役立つ『学習まんが』なのやも知れず。

で、今作のストーリーは、『安サラリーマン』を自称する若きヒーローが、キャバクラ遊びにズプププ…とハマっていくという。いや、安サラリーマンて言うけどさ。そんな玄関にわざわざ受付嬢がいるような企業の社員なんて、あからさまな≪勝ち組≫じゃねえかYO! S・H・I・T、シィーット!…なんて嫉妬(?)はともかく。
そしてその、何らリターンもなさそうなハマり具合いを見ていたら、戦後復興期のニホン映画「偽れる盛装」(1951, 吉村公三郎。京マチ子の演じる芸者がその美貌を駆使して、バカなオトコらを搾取しまくり没落させる)かのような?…という気もした。

しかしそんなまで言うほどには、作中のキャバ嬢らは、強力な搾取をしない。よって、搾られきったあげく女に無理心中を迫る男、なども登場しないし。
そこらがわれらの≪現代≫の、ヌルいところかなぁ…。筆者は自分が被害者にならない予定だし、夜の女性らの大暴れには寛容なのだった。むしろ、大いにやれ!と。

2. 要求は、必ず“愛の要求”である

で、今作「Only You」の冒頭近くに、全編のキーになっていそうなエピソードがある。

キャバ嬢の≪沙理奈≫に入れ込んでいるヒーローの≪小金井クン≫だが、物語のごく初期には、≪奈美子≫という素人の彼女もいた。で、おデートなどをしたりしていたのだが…(第1巻, p.15)。
ところが。奈美子が『フグチリ食べたい』と言うので、痛いが1万円のコースをおごったのに、しかし彼女はろくすっぽ喰わないで、『もうオナカいっぱーい』などと言いやがる。
しかも彼女は、いまだキスもさせてくれないのだとか。それこれで、素人のめんどうさに音を上げて彼は、ともかくも即行で自分をチヤホヤしてくれるキャバクラ嬢、そちらの方のかいなき攻略に、その全精力を傾注するのだった。

ところで奈美子の挙動に注目すると、それはわれわれの用語で申す≪要求≫そのものだ。フグチリごときは真の目標ではなく、その≪要求≫らに応じてくれるか否かで、相手の愛の深さをテストしているのだ。『要求は、必ず“愛の要求”である』。

で、そのような≪要求≫には、どこで終わる、どこできりがつく、ということが原理的にはない。少しは相手をほれさすだけの器量がないと、ただただ≪要求≫がエスカレートしていくばかりだろう。
そして、1人の女性を単にもので釣ろうというのなら、フグチリどころかミンクのコートでもダイヤモンドやシャンペンやマンションでも、ぜったいに足りない。≪1人の女性≫というものの値打ちは、決してそんなもんじゃない。
むしろ、ただ≪自分≫という男子1ピキを捧げる…という方が、まだしも勘定が合っている。さもなければ、作中の別な青年(サワヤカ王子サマ風)を見習って、速攻で≪欲求≫を満たしてくれるお店にでも行った方がよいのでは?

3. 虚栄の闇市、偽れる盛装!

かくてわれらのヒーローたる小金井クンは、27歳の青年として特に欠けたところもなさそうなのに、ふつうの≪恋愛≫ができない。無学でブサイクなフリーターでもしばしば彼女がいるのに、顔面も職業もまっとうな小金井クンは、お金と引きかえにチヤホヤしてくれる女性との逢瀬もどきしかできない。
彼には自分の“すべて”を捧げる恋愛もできなければ、速攻で≪欲求≫をウンヌン…という選択もできない。そのはざまにて、経理部員として身についたケチくさい計算にはげみながら、そして『偽れる盛装』の華やかさに見ほれているばかりで、彼の≪欲望≫は決して満たされるべくもない。

しかもそのキャバクラの方で、彼は女性にやさしい『いいヒト』すなわち『いいお客』…というレッテルをペッタリ貼られちまったので、もうまったく何もできぬまま、ひたすら『いいお客』の役を、ただ演じ続ける。
そしてそのキャバ嬢たちの≪要求≫が、生かさず殺さず、現在のありうるビジネスとしてタガのはまったものなので、われらのヒーローはすっきりと没落することさえもできないのだ。そもそも、題名に出ている『Only♥You』ということばのアイロニーが効きすぎで、まったくどこにも『Only♥You』がないにもかかわらず、男らはもとよりキャバ嬢らでさえ、夜の世界のどこかにはいくぶんの『Only♥You』があるのでは、というファンタジーを追い続けるのだ。

『ビバ! キャバクラ、そこには夢・希望・快楽のすべてがある』

…と、展開してきたこのお話には、とくに結論がない。何せ筆者は、この作品を第4巻までしか見ておらず、結末を知らないので(…本が売ってなくて!)。
で、実は、ああしてそうした状態こそ、われらの小金井クン(ら)が真に望んでいるものなのだ…それで彼(ら)は幸せなのだ…とは、ほんとうだけれどヤボだから言わない。金で女性を売り買いすることの是非はともかくも、そんな局面においてさえ、見えやていさいを捨てきれぬやからの集う虚栄の闇市! やってればいいんじゃないの?…と筆者はクールに、この堕文をしめくくるのだった。

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