2010/02/28

桜井のりお「みつどもえ」 - 無意識へ沈んでいくのは≪肯定≫

 
参考リンク:Wikipdia「みつどもえ」

『日本一似てない三つ子』と呼ばれる丸井家のユニークな三姉妹が、小学校に家庭にアナーキーを創出しまくるショートギャグ。2005年から少年チャンピオンに掲載中、パワフル・キュート・トラウマティック(外傷的・変態的)と3拍子そろった逸材で、今年後半からの大ブレイクが見込まれる。来る2010年7月から、アニメ版放映予定(→アニメ「みつどもえ」公式)

…なんてまあ、ちょっと客観的めかしてご紹介した後で、今作「みつどもえ」を筆者がどう見るかというと。それはいかなる罪とがもなさそうな『いたいけ』な少女と少年たちが、けがれなき涙をみんなでダラダラと流しながら、『変態!』、『痴女!』、『雌豚!』と、彼らの知る最大限のことばで互いに罵倒しあう、というお話かとも。
ただし、『雌豚』の称号をほしいままにしているのは、喰い意地の張った丸井長女だけだ。しかもとうぜん『痴女』は女子にしか言われないので、『変態-痴女-雌豚』の三冠ヘビー級チャンピオンは、長女こと≪丸井みつば≫に決定となる。もしも何もしなければ、いちばんかわいい子とも見られそうな彼女ではありながら。

等々はもちろん誘導的なおしゃべりで、うかつにも生まれてきてしまった人間であれば、『罪とがなく』とか『けがれなく』といった状態はありえない(!)。『何もしなければかわいい』などとは言うが、何もしない人間はいない。
そして『変態』という用語なしには語りようがないという点において、今作は同じ媒体の大先パイの「がきデカ」の作風を、これまたうかつに継承しちゃってるしろものではある。かつまた、その『似てなさすぎる三つ子』というモチーフは、『まったく区別のつかない六つ子』という例の先行作にたわむれかけているものでもあり。

で、この「みつどもえ」と呼ばれる作品のド真ん中には、やらんでよいことの“すべて”をやりすぎる丸井三姉妹がいる。ちょっとそいつらをご紹介しとけば。
すでに名が出た雌豚チャンプこと長女≪みつば≫は、人呼んで『支配してないのに支配者気取り』。ちょっとかわいいからってえばりすぎなサド少女だが、根拠もないのに人の上に立つことをめったに成功できない。
次女の≪ふたば≫は天使のように純真な女の子だけど、しかしその怪力がすぎてそこら中のものを破壊しまくり。しかも天然のドHで、おっぱいに対する興味を誇示しすぎ。
三女の≪ひとは≫はしっかり者だが、やたら暗い性格のように他から見られ、たまに怒ると顔がものすごく幽鬼のように怖い。そしてとんでもないむっつりスケベで、いつも熱心に読書してると思ったらエロ本を眺めている。

この中の、次女に対して『ちょっとHなマッスルガール』というキャッチフレーズが見えているが、しかし『ちょっと』じゃないし、しかもHなのは次女だけじゃない。次女のHさがいちばん分かりやすい、ということはあるが、しかし3ビキそろってひじょうにやばい変態少女だということはどうにも明らかだ。
ただし彼女らの示している変態性欲を、『自分にもあるもの』と(無意識に)考えている人々が、今作を支持しているわけだ。この三姉妹をはじめとする作中の罪なき子どもたちが、地面に這いつくばって泣きながら『変態!』、『変態!』、とののしりあうのを眺めながら、それを『自分には関係ないこと』と考えている読者は、いない。

そこでわれわれはさわやかに笑いを返しながら、そして心のどこかではいっしょに泣いているのだ、としか考えようがない。『自分はそこまでの変態ではない』という否定が意識に浮かびながら、『この変態絵図は、まさしく自分のことである』という肯定が無意識に沈む。
そしてこうしたときに無意識へ沈んでいくのは≪肯定≫の側であることは、フロイトが『無意識の世界に否定はない』という正しいテーゼで示している通り。しかも三姉妹をはじめとする子どもたちが、ともかくもおそらく『かわいい』ということにより、『笑いのベースには、笑う者のナルシシズムが必ずある』という小此木啓吾のテーゼが満たされる(→参考記事)
そのテーゼを逆に言い換えると、『ナルシシズムが満たされる限りにおいて、われわれは笑うことができる』。読者は今作の描く変態パノラマを眺めながら、『われもまた変態である』という≪外傷≫的な認識を(無意識において)肯定するのとひきかえに、『われもまたこの罪なき子どもたちであり、われもまた同様に罪なく“かわいい”』という自己愛的な認識をこっそりと、(無意識において)肯定している。それこれゆえに、笑うことはたいへんきもちがよい。

(補足。『否定は肯定である』というフロイトの正しいテーゼはひじょうにショッキングかつわけの分からないものではあるが、それを『意識における否定は、無意識における肯定である』とでも言い換えたら、まだしも分かる気がしてくるのでは)

で、わりに何度も言っているようなことだが、かくて『≪外傷的な笑い≫をクリエイトしえていることによって』、われらが見ている桜井のりお「みつどもえ」をりっぱな≪ギャグまんが≫であると呼ぶことができる。…とまで言ったらひとつの区切りがついた気がしたので、ここでいちど終えて、次の記事でまた別のところを見よう。

【付記】 どうでもよさそうなことだが、三つ子の名前が、長女:みつば、次女:ふたば、三女:ひとは、と、『あれ?』と思うような順番になっている。これがうまい。
あと毎回のサブタイトルが、だいたい何かの作品のもじりになっている。「よつばと!」をもじって『みつばと!』なんて、なかなかストレートだ。こういうさりげに情報量が多いところが、現代のギャグまんがとしてアップトゥデートだ…ともほめておく。

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